「仲良しは判りました。だとしたらそういうこともあるのかもしれません。だけど貴女にお迎えにいらしていただける程、我が家には人手がないとは思えませんが」
「そうよね」
ふっと煙をはき出す。
「さすがに頭はいい子のようね」
「ありがとうございます」
「少なくともこの部屋に盗聴器があることを知ってるなんて、あなたも結構物騒な子じゃあなくて?」
しまった、とシラは思った。あそこで驚くべきだったのだ。
盗聴器が寄宿舎の各部屋に仕掛けられていることなど、普通の生徒は知らない。知っているはずがないのだ。
相棒と、この部屋に入って最初にしたのは、盗聴器の位置を捜すことだった。
「それともあなたの相棒がそう教えたのかしら?」
ゆっくり、シラは黒夫人の方へ向かっていく。
油断はできない、と彼女は思う。夫人はまずこちらが警戒していることをよく判っている。シラがある程度「物騒な生徒」であることを知っている。彼女が相棒と「仲良し」であることも知っている。
だとしたら猫をかぶっている余裕はなかった。
「昔からあったのですか?」
「そうよ昔から。いつ頃かなんて聞かないでね。歳がばれちゃうじゃないの?おまけにどういう時に、一番その音量が下げられるかも昔と同じじゃあなくって?」
くすくすくす。夫人は含み笑いをする。
何となくそれがシラにはカンに触る。相棒と同じだ。この態度!
だが彼女は相棒だから、それもいい。その態度は愛しい。
だが他人にされるのは腹が立つ。
「……あら、何か不機嫌そう」
面白がられているのが判っていて、不機嫌にならない方が変だ、とシラは思う。
「それはどうも……」
「ねえ、座ったらどう?」
夫人は、きちんと寝具が畳まれた相棒のベッドではなく、ざっと朝の清掃の際に形をつけただけのシラのベッドに腰を下ろした。隣にどお? と手を差し出す。
何となくそれだけでは済まないような気もする。だが。
シラは示されたところに座る。
「副帝都の方がやや情報が遅いのよ。まず情報は一端帝都に来るのが普通だわ。特に今回のようなアクシデントの場合は」
「じゃ、まさか」
「本当のホロベシ家の使いは、明日あたり来るんじゃないかしら?」
夫人はあっさりと言う。
「つまり、あなたは偽物の使者、ということですか?」
いいえ、と彼女は首を横に振る。
「私がラキ・セイカ・ミナセイであることは本当よ。私は本当のミナセイ侯爵夫人だわ」
「じゃどうして私を」
「だからあなたのお母様ととても仲良しだったと言ったでしょう?」
くすくすくす。
「それじゃ……!」
「迎えは迎えだけど、行き先が違ってよ。私はあなたを帝都へお招きしようと思って」
シラは言いかけた言葉をそこでぐっと飲み込む。
「……帝都へ?」
「もう入ってもいい年齢でしょ?」
「それは…… そうですが……」
帝都。その言葉 なかなかに魅力的である。
やっと昨年の誕生日で、入る資格ができたのだ。なのに父親は、なかなかその機会を与えてくれない。
だが。
シラは首を横に振る。
「それはできません」
「あら、なあぜ?」
「行きたいことは行きたいです。でも、葬儀が。まず副帝都の自宅に戻ってから……」
「ああ、それはそうね」
全然そう思っていないような口調である。
「私が喪主をしなくてどうしましょう」
「……そうね。でもずいぶんあなた楽しそうじゃない」
ぎくり。心臓が飛び出すか、とシラは思った。
「私には、あなたは喜んでこの部屋に入ってきたように思えたけれど?」
「そんな筈はないでしょう。仮にも、父が亡くなったのですよ、私は一人娘で……」
「まあ、そういうことになってはいるわね」
「は?」
彼女は目を大きく広げる。相棒が丸くて可愛い、と常々言っていた目が、最大に見開かれる。
「どういうことですか?」
「どういう意味って?」
「その言い方じゃまるで……」
「だってあなたホロベシの娘じゃあないでしょう?」
「黒夫人!」
大声を出してから、しまった、と盗聴器があるだろう場所へ視線を飛ばした。
「だから切っておいたって言ったでしょう? それに、ホロベシの娘、だったら私がいちいち構いなんかしないわよ。馬鹿馬鹿しい」
「……」
つ、と煙草を持つ手を彼女の前に掲げる。
「知らなかったなんて言わせなくてよ。アヤカ・シラ。あなた結構知らないふり上手いけれど、私を見くびらないでね。本当、確かにキラの娘ね。そういうところなんかそっくり。とても可愛い」
言いながら黒夫人はぐい、シラに近寄る。シラのひざの上では、握りしめたこぶしがぶるぶると震えている。
「私たちとても仲良しだったと言ったでしょう? 結婚する前もそうだったし、結婚してからもそうだったわ。だからいろいろあの人からは聞いたのよ。夫は自分のことは好きではないみたいだ、とか……」
「言わないで……」
「夫以外の男と関係を持ってしまったとか」
「セイカさま!」
「あらその呼ばれ方好きよ。彼女みたい」
知っていた。
知っていたけど、言ってはいけないことだった。
「あの男も判っていたはずよね。あの男が一番よく判ってたはずだわ」
吐き出すように夫人は言う。
「父のことは……」
「嫌いよ。大嫌いだったわ。あの変態野郎」
もと「物騒な生徒」はその表情からは想像もつかない言葉を投げる。
「だからあなたを助けてみようかと思って」
「助ける?」
「話せば長くなるわ。だから早く支度して。道中話すわ」
夫人はシラの手を取り上げ、軽くくちづけた。
どうやら逃げられそうにないのをシラは悟った。