「……でも結構胸は小さいな……」
「無駄な肉がなくていいではありませんか」
その間にも自分にもあれこれと上級生の手は回されている。
くすくすと笑いながら、だらんと投げ出された彼女の脚を掴むと、それを大きく広げさせる。
目を覆っている手の隙間に、ほんの少しの光の琴線が見えた。
どうやら携帯用の小電灯を持っているらしい。ほんの少し、その熱が感じられるのは、胸でも顔でもない。脚だった。
ももの内側に、ほんのりとした暖かさが感じられる。
とすると。
悪趣味だ、とシラは思った。
だがその後がさらに悪趣味だ、と思わずにはいられなかった。
わざわざ場所を確認してるんだわ。そうとしか思えなかった。何故なら。
!
いきなり感覚が額まで走った。
相手は的確に、そこを掴んだのだ。
それまでじっとしていたシラの身体が急に動き出す。
止めておけないのだ。軽く背中が反る。あごが軽く上を向く。
くすくすくす。
その場所を、相手はずいぶん念入りにいじりまわす。
慣れている手だった。
何故慣れているか、なんてシラは知らない。
だけど、こんなにしなやかに、強くゆるく、を念入りにするのは、手慣れているに決まっている!
こんなに自分の身体と頭がばらばらになったしまった気がするのは初めてだった。相変わらず、頭はどんどん冷静に、事態を知ろうとする。だけど身体は勝手に感じている。
何を言っているのか自分でも判らない声が喉からあふれる。
ざわり。別の手がその下へ伸びてくる。ひとしきりそちらもいじくりまわしているよう。
くすくすくす。
それまで自由になっていた口を誰がが塞いだ。
そして、シラは次の瞬間、喉の奥で叫んだ。
*
「……痛かった」
「痛かったですか?」
「痛かったわよ」
そう言えばそうかもしれませんね、などと相棒はいけしゃあしゃあと言う。
「あんたねえ……」
「何ですか?」
嵐が過ぎ去って少ししてから、ナギが小さな声で大丈夫か、とシラに問いかけてきた。その答えが先のものである。
「……あんた知ってたの? こういうことが起こるって」
「……聞いただけでしたけれどね」
「聞いたって……」
シラはぴょん、と身体を起こすと、横にくしゃくしゃにされたままの毛布を身体に巻いて立ち上がった。
窓寄りのベッドに上半身を起こした相棒は、さらけ出されたままの胸を隠そうともせずに、ひざに両のひじを立てていた。
「ここへ来る前に付けられていた家庭教師の一人がこういう所の出身の女性だったんで、高等科に中途編入するなら気をつけなさいって言われてましたし」
その割には落ちつきすぎだ、とシラは思う。
「あんた何されたの?」
「まあ…… あなたとそう変わらないんじゃないですか?」
「具体的に言ってよ、何がどうなったか」
彼女は肩をすくめる。
「変な人ですね。そんなこと聞きたがるなんて」
「あんた程じゃないわ。言ってよ」
はいはい、と言ってナギも毛布を巻くと、ベッドから降りた。そして替えられたばかりのジュータンの上にぺたんと腰をおろす。シラもつられて、その場に座り込んだ。
「別に、何てことはないですよ。全身点検されて、突っ込まれただけでしょう。暇ですねえ。まあ他愛ない『裏』新入生歓迎行事でしょうね」
「……他愛ない…… だけってね、あんた……」
「あ、そうですね…… あなたそういうこと今までなかったんですよね……だったら言っておいた方が良かったかな……」
ナギはぱさぱさと目の当たりに落ちてくる髪をかき上げながら、何気なく言う。昼と違って解かれている後ろ側の髪が何処ともなく彼女の身体にまとわりついている。
「あんたはそうじゃないって言うの?」
「あれ、あなた私を何だと思ってたんですか?」
意外そうな声を立てる。
「何って……」
「だってあなた、私が『人形』だって知ってはいたんでしょう?」
それは知っていた。可能性として、父親のものという意味でも。
「知ってたわ」
シラはやや顔をしかめる。
「だったらそういうことが全くないなんてこと、ある訳ないじゃないですか?」
「確かにそうだけど」
何となく、忘れていたのだ。
「何かあんた、そういう感じしないから……」
「見た目じゃあ人なんて判りませんよ」
ぎくり、とシラは心臓が掴まれる気がする。
「現にあなただってそうでしょう? そぉんな可愛らしい外見しておきながら、結構中身は物騒じゃあないですか」
「……あんたに言われたくはないわ」
「どっちを? 可愛い? 物騒?」
くすくす、と笑い声が聞こえる。自分はこいつにからかわれているな、とシラは気付いた。
「どっちもよ!」
ぱっと口が手で塞がれる。手はややひんやりとしていた。どうやら声が大きかったらしい。
ナギはもう片方の手を、もう少しこっちに来て、とシラの首に回した。
確かに近付いた方が、内緒話はしやすい。だが、両手を動かしたせいか、ナギを覆っていた毛布はするりとそのまま床に落ちた。
カーテンの布越しに入り込んでくる月の光のせいで、ナギの身体の線は、あますところなくシラの視界に入ってくる。浴室などでも見慣れたはずなのに、どうしてそういう時とは印象がまるで違うのだろう?
それまで毛布に絡まっていた髪は、そのまま身体にまとわりつく。シラは口を塞いでいる手をゆっくりとはがした。冷たい手だ。
「……あんた寒くないの?」
「あなた寒いですか?」
「あたしが聞いているのよ」
「寒くないですよ」
「嘘」
「嘘じゃないですよ」
「手が冷たいじゃない」
「体温が低いんですよ」
ほら、とナギはシラの手を取って自分の胸に当てさせる。