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第66話 『親愛の情を示す』行為の説明

 確かにあまり温かくない。今の自分よりは確実に低い。だけどそれが自分の体温が上がっているせいなのか、相手の体温が低いせいなのか、シラには判らない。

 それより、ふわりと手に触れる、思ったより柔らかな感触に慌ててシラは手を離す。

 逆光になっているから、ナギの表情はうまく見えない。


「……さっきの」


 何か言わなくては、とシラは思う。


「さっきの、他愛ないどうのってのは何なの?」

「ああ、あれですか」


 ナギは忘れていた、とでも言いたげな口調だった。


「創立したぐらいに昔はそんなことなかったらしいんですが、ここ二、三十年程はそういう習慣があるらしいですよ」

「上級生が新入生を……その」

「強姦するってことですか?」

「……そうよ」


 露骨に言う奴だ。


「まあ向こうに言わせれば『親愛の情を示す』行為だそうですね」

「『親愛』?これが?」

「表向きでは同じことを言ってるんですよ。何て言ったか覚えてます?説明会の時」

「……同じ屋根の下で学ぶ私たちは姉妹も同様…… ってやつ?」

「ええ。それでもあなた聞いてたんですね? 眠そうだったのに」

「……あいにく猫は大量に飼ってるのよ」


 はいはい、と何となく楽しそうにナギはあいづちをうつ。


「で、まあこれは学生の隠語ですけどね、『お姉様』と『妹』というのは、だいたいそういう関係を持つ相手同士をさすんですよ。上級生がまあ姉で」

「……は?」

「つまり、まあこの先は推測ですがね、決まった相手がいないあぶれた上級生が、『妹』を物色しに来る、という訳です」

「……何よそれ」

「ま、おそらく、この先何度か来るでしょうね」

「そんなあんた……」

「面倒ですよね、全く」

「面倒どころじゃないわよ!」


 また口が塞がれる。わかったわよ、と言葉にならない声で言うと、その手は外された。


「じょおだんじゃないわよ…… 人を何だと思ってるの?」

「それを私に言われたって困るんですけど」

「……ああそうよね、でもあんたそれでどーして怒らないの?」


 ナギは首を軽くひねる。


「怒らない訳じゃあないですが、怒る程のことでもないですし。まあ睡眠時間は欲しいですがね」

「そういう意味じゃなくて……」


 今度は声を押さえて怒鳴った。


「二、三十年前からそうだってんでしょ? じゃあここの連中の保護者の中にはここの卒業生だって居る訳じゃない! そういう所に娘をわざわざ来させる連中の神経が知れないわよ」

「だから、それが慣習だ、としたらどうです? ここはそういうところで、なじむのが当然、という」

「慣習」

「どうせここの三年が過ぎれば大半の子達は結婚させられます。奨学生や留学生はともかく、貴族のお嬢さん方はご両親の決めた男性とくっつけられてしまうでしょう?」

「まあたいていはね」

「だとしたら、いい予行演習とでも思ってるんじゃないですか? 相手が好きだろうが何だろうが、その時にはされなくてはならないものだし」

「予行演習!」

「いくら最初は戸惑っていようと、ずっとここに居れば、それでもそれなりにそういう考え方になっていくんじゃないですかね」

「……呆れた」

「そうですか?」

「呆れたわよ。ここの連中の大半が馬鹿だと思っていたけれど、そこまで馬鹿だとは思ってなかったわ」

「でもそう馬鹿じゃあないかもしれませんよ」

「どうして」

「だって女同士でやっている分には何も生まれませんから、形のある不祥事にはなりませんよね」

「形のある?」

「子供ができたとかどうとか」

「……」

「まあ捨てたの捨てられたの、殺してやるとかそういうことになりそうだったら、その時には止めるでしょうけど」


 ナギは当たり前のことのようにさらさらと言い放つ。

 はじめて聞くことだった。予想はできたが、それをこうもあっさりと口にする相手に会ったのが初めてだったのだ。

 そしてその初めての言葉達は、シラの胸をどきどきさせる。

 上級生達にあれこれと触れられていたのより、ずっと、ナギの言葉はシラに感じさせるものがあった。

 だがそれをそのまま態度に出すのはしゃくである。だから、言ってみる。


「……でもそれって、何か違うわよ」

「何が?」

「何か判らない。けれど、何か間違ってるって思う」


 それはずっと何処かで感じていたことだった。


「女の子同士がじゃれついてることが? それは別段そう悪いとは思いませんがね。気持ちいいことならすればいいんじゃないですか?」

「あんたもそう思うの?」


 そう答えられるとは意外だった。


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