「彼は」
族長はナギに訊ねる。
「ユカリと言ったな。彼は一体」
「彼は、あの方が私につけた『手助け』ですが……」
そう言いかけて、彼女は苦笑する。
「逆ではないか、と時々思いますね。出会ってからこのかた。あの方は、むしろ私に、彼の成長の手助けをしろと無言で命令している様なものです」
「ほう。そういう感じなのかね」
面白そうに、族長は長いひげを撫でる。
「残桜衆のことをご存じですか? 族長」
「それは無論。あの三代の時代に滅ぼされた国の末裔の話は、何処でも有名であろう。しかし伝説となっているのが普通。さすがに現在どの地のどの様に散らばっているのかは、判らぬが。……しかしその一部が皇太后の手の中にあるということは、我々の様に辺境を移動する部族を統べる者は皆、それぞれ連絡を取り合って知っていることだ」
「今は高速通信の様に便利なものもありますものね。ならば話は早いです。……思った以上に、ひどい」
ナギはそう言いかけて、顔を軽くしかめた。
「あの方はそういうのがお嫌いだが、その下につくもの達は、自分達で自分達を縛っています。命令が絶対。疑問を持つべきじゃない。自分達は道具に過ぎない。そう言っている様に聞こえて、私はひどく苛立つのです」
「……なるほど。それで、根っからの自由人のそなたと一緒に行動すれば、それが少しでも解き放たれると?」
「どうでしょう」
ナギは苦笑を浮かべる。
「あの方はああ見えて、欲張りですから、私に一つのことを命令なさって、それでいて幾つもの結果が収穫されることを望んでらっしゃる。抜け目の無い方だ」
そしていつの間にか横で、おさまりの悪い髪を投げ出して眠ってしまったユカリの頬を軽く撫でる。
控えていた青年は、こうなることを見越していたのか、軽い毛皮を持ち出すと、ユカリの背にふわりと掛けていた。
「腕はいいのです。とっさの判断も悪くはない。おそらく次期の長か何かの候補なのでしょう。しかし彼が長になる頃、果たして彼が仕えるべき方はいらっしゃるのでしょうか」
「イラ・ナギ? それでは」
「判りません。けど、私があの方だったら」
冷たい手の感触に、夢でも見ているのか、ユカリはごろりと寝返りを打つ。一瞬顔をしかめるが、すぐにまた、すやすやと寝息を立て始める。
「こんな可愛らしいお馬鹿な子は、放っておく訳にはいかないでしょう?」
そしてナギはくすくす、と笑った。