翌朝起きた時、ユカリが最初に感じたのは、痛みだった。
いつの間に眠ってしまったのか、記憶が無い。
そんなそんなそんな。
思わず跳ね起きたら、今度はいきなり頭の中で、へたくそな軍楽隊候補生の演奏が鳴り響いているかの様な、ものすごい勢いでがんがんと痛みが響いていた。
何なんだこれは何なんだこれは何なんだこれは。
半泣きの状態でそれでも起きあがってみると、自分の上に軽くて暖かい毛皮が掛かっているのに気付いた。誰が掛けてくれたのだろう、と思いはしたが、せっかくだから、と彼はきちんとそれを畳む。
そしてふと、まぶしい日射しに、天幕の上が開いているのに気付いた。傘状に開いた、その天井は、真ん中に明かり取りが開く様になっている。それは夜中、火を焚く時の換気窓にもなっているらしい。その開いた窓から、青い空が見えた。そしてその色が示すものは。
―――もう既に、朝どころではない時間らしい。
ユカリは慌てて外に飛び出す。
そして飛び出す時にあまりにも勢いが良かったので――― 頭に響いた。
あまりにも慣れない痛みは、思わず笑いを引き起こす。笑うしかなかった。
しかしその笑いの向こう側に、黒と白と金の姿があった。
「……何を笑ってる」
ナギが、あの族長の側に控えていた青年と、話していた。彼女はユカリに近づくと、両手を伸ばし、くっ、と彼の顔を自分の方へ向けさせた。
「やっと覚めたか。だがあまり顔色が良くないな。何処か痛くしてないか?」
「あ、頭がちょっと」
「ああ」
青年は、くっ、と笑った。
「すみませんね、無理に呑ませてしまいまして」
「全くだ。酒の味もそうそう判らない青少年に呑ませるものじゃない」
「いやいや、でもそれで今朝ちゃんと起きてこられるとは大したものだ」
「しかしその様子じゃ、今日移動するのはきついだろうな」
「え…… いえ、大丈夫」
「馬鹿かあなたは。乗り物に乗るのだぞ? そんな顔色の奴を乗せてみろ。一駅も経たないうちに」
こうだ、とナギは舌を出して、両手を広げる。何となくそれの意味するところに気付いて、ユカリは思わず口をおおった。
「と言う訳で、もう一晩、ここに泊めていただく」
「急ぐんじゃ、なかったのか?」
「一日二日休んだところで大したことじゃあない。だいたい、そんな、あちこちで休まなくてはならないような奴連れてた方が、よっぽど時間を食うというものだ」
ひどい言いぐさだ、と彼は思ったが、それは間違いではない。
「とにかく今日一日、ここでぼけっとしていろ。私も少し気になることがあるから、少し出かけてくる」
「出かけてって……」
「私がお送りします。ですからもう少し休んでいればいい」
青年はにっこりと笑った。
何となく、その笑みにユカリは苛立ちに似たものを感じる自分に気付いた。
しかしぼけっとしていろ、と言ったところで、実際何をしていいのか、彼には判らなかった。
確かにまだ頭はずきずきと、動けば動いただけ、自分の心臓の鼓動と同じ速さで痛みを伝えてくる。
だが、そうかと言ってこんな昼ひなかに眠っているというのは、何となく彼の性格上、嫌だった。
とりあえず、ぶらぶらと天幕の周りを彼は歩いていた。
天幕は、彼が眠っていた場所にある大きなものを中心にして、十程あっただろうか。その一つ一つに、それぞれの家族が寝泊まりしているらしく、昼ひなかのこの時間は、男達は放牧に出かけ、残されているのは女と子供、それに老人ばかりだった。
そして、この人も居た。
「おお、起きたかね」
「……昨晩は、申し訳ありません。……いつの間にか眠ってしまったようで……」
「なあに、まあ当然だろうて」
族長は、草の上で胡座を組んでいた。長い煙管をくわえ、時々口から煙を吐き出す。まあ座るがいい、と言われ、彼は言われるままに横に座った。
ユカリは何となく、その煙を見つめた。青い空に、その白い煙は、ゆっくりと上昇していく。彼はぼんやりとそれを見つめる。
しばらくの間、ぼんやりと、見つめていた。
「おぬしは」
はっ、と彼はその時自分がずいぶんとぼんやりしていたことにようやく気付いた。ぽん、と族長は煙管の中の灰を地面に落とす。
「は、はい」
「彼女をどう思う?」
え、と彼は一瞬言われていることの意味が判らなかった。