満月の光が荒々しく大地を照らす中、ゲルガーの体は異様な力を帯びていた。彼の筋肉が膨張し、鋭い爪が月光に輝く。パワーアップしたその瞬間、彼は迷わず零夜へと襲い掛かった。目障りな存在を排除すれば、今後の戦いが有利になると踏んでいるのだ。しかし、その瞳の奥には別の欲望が渦巻いていた――ここにいる女性たちを我が物にしようという、獣じみた野心が。
「いきなり俺に襲い掛かるとはな……それなら、
零夜が手に持つ村雨から、青白い波動が轟音と共に放たれた。空気を切り裂く斬撃がゲルガーを狙うが、彼は獣の敏捷さで身を翻し、軽々と回避。次の瞬間、零夜との距離を一気に詰め、鋭い爪を振り上げる。
「クロードライブ!」
「がはっ!」
ゲルガーの爪が零夜の胸を切り裂き、布が裂ける音と共に彼は膝をついた。血は出なかったものの、激痛が全身を貫き、体力の半分が一瞬で削り取られる。床に滴る汗が、彼の苦悶を物語っていた。
「見たか! 俺は満月の力によってパワーアップするんだよ! これなら今のお前にも勝てるからな!」
「こ、こいつが……」
胸を押さえ、零夜は歯を食いしばりながらゲルガーを睨み上げる。ゲルガーの顔には下卑た笑みが浮かび、人を見下す傲慢さが剥き出しだ。だが、その隙を倫子が見逃さなかった。
「それならウチが相手になったる! ソードウェーブ!」
双剣を構えた倫子が叫び、波動の斬撃を連続で放つ。刃の軌跡が空を切り裂き、ゲルガーを襲うが、彼はまるで風のように動き、全てをかわしてしまう。そして一瞬にして倫子の眼前に迫った。
「お前はこれだ!
「ひゃっ!」
ゲルガーの巨体が倫子に密着し、ムギュッと彼女を締め上げる。時間が経つごとに締め付けが強まり、倫子の顔が苦痛で歪む。明らかにこの行為は変態行為としか言いようがない。
「この変態が! 少しは自重しろ!」
「がっ!」
零夜が素早く苦無を投げつけ、ゲルガーの後頭部に命中。衝撃でゲルガーの腕が緩み、倫子は解放されて零夜のもとへ駆け寄った。セクハラされる恐怖に安堵したのか、涙目になるのも無理はない。
「零夜君!」
「もう大丈夫です。にしても、ゲルガーがここまでパワーアップするなんて……」
涙目で零夜にしがみつく倫子を、彼は優しく頭を撫でて慰める。だが、その視線は苦無を引き抜くゲルガーに注がれていた。満月の力で強化されたゲルガーとの戦いは、長期戦を覚悟せざるを得ない。だが、どんな強敵にも弱点はある。それを見つけ出すことが勝利の鍵だ。
「よくもやってくれたな……折角の楽しみを邪魔しやがって!」
「アンタが倫子さんにセクハラするのが悪いだろ!」
ゲルガーが恨みがましい目で睨む中、零夜は鋭く言い返す。倫子も頬を膨らませ、涙目で頷く。傍らでは、エヴァがシルバーウルフの尻尾を震わせ、ベルがミノタウロスの角を立ててゲルガーを睨みつけていた。母親らしい落ち着きを湛えたベルの瞳にも、軽蔑の色が浮かんでいる。
「俺はな……最後のダークウルフの一人なんだよ……ここで死んだら一族は滅びるからな……」
「一族は滅びる? どういう事だ?」
ゲルガーの衝撃的な言葉に、零夜たちは眉をひそめる。するとベルが真剣な表情をしながら、静かに口を開いた。
「前勇者であるケンジ一行によって、殆どが全滅されたという事ね」
「えっ? かつてハルヴァスに勇者が存在したのか?」
ベルの言葉に、零夜、倫子、エヴァが驚きの視線を向ける中、ゲルガーは小さく頷いた。その様子だと重大な理由には違いないだろう。
「そうだ! かつて俺達ダークウルフは、前勇者一行の女共を狙おうとしていた。誘拐作戦は無事に成功し、服を脱がせ始めたその時に奴等が現れた。そのまま俺達は次々とやられてしまったからな……」
ゲルガーの声には過去の屈辱が滲んでいて、身体もプルプルと震わせていた。
当時、彼らはケンジ一行の仲間であるハユンを誘拐しようと企み、油断した隙に襲う事に成功。そのまま服を脱がせようとしたが、彼らに見つかってしまう。そのまま逆襲に遭って壊滅という結果に。自業自得としか言いようがない。
「そして一人生き残った俺は、奴等に復讐をする為に魔王軍に入った。しかしケンジは前魔王との戦いで死亡。ゴドムについてはベテイとメディが倒してくれたお陰で、俺の復讐は終わりを告げられたのさ」
「そして自らダークウルフ最後の一人である事を自覚し、努力しながらFブロック隊長になったという事ね」
ベルが冷静に推測を述べると、ゲルガーは再び頷き、鋭い眼光で一同を睨んだ。その目にはまだ死にたくないという本能もあるが、タマズサに育てられた恩を返す必要があるのだ。
「そうだ。俺はここで死ぬ理由にはいかないのでな……邪魔をするなら殺すのみだ!」
ゲルガーが再び戦闘態勢に入り、地面を蹴って襲い掛かる。その前に立ちはだかったのはエヴァだった。シルバーウルフの耳がピンと立ち、満月の力を吸収した彼女の瞳が燃える。
「エヴァ!」
「私が相手になるわ! あなたには恨みがあるからね」
エヴァが格闘技の構えを取り、ゲルガーを睨みつける。満月の恩恵を受けた彼女の身体は俊敏さを増し、全能力が飛躍的に向上していた。そして何より、ゲルガーへの個人的な恨みが彼女を突き動かしている。
「まさかお前が相手だとは……だが、俺を甘く見ると痛い目に遭うぞ」
「それはやってみなくては分からない。私の故郷を滅ぼした罪を償ってもらうわ!」
エヴァの言葉にゲルガーが一瞬たじろぐが、すぐに二人は激突した。拳と爪が交錯し、衝撃波が周囲を揺らす。目にも止まらぬ速さで繰り広げられる戦いに、零夜たちは息を呑む。
「ここはエヴァの戦いである以上、邪魔をする理由にはいかない。にしても、彼女の故郷が滅ぼされたと聞いたが……」
「ウチも初耳なんよ。ベルは?」
「いや、全然知らないわ……こうなると本人に聞いた方が早いかも……」
エヴァとゲルガーの因縁が話題となり、零夜たちの会話が続く中、突然声が響いた。
「それなら私が知っているわ!」
「ルイザ!」
入口に現れたのはルイザ、日和、エイリーン、アイリンの四人だった。マツリとヤツフサは別の任務に取り掛かっているので、この場には居ない。ルイザが重い口調をしつつ、エヴァとゲルガーの因縁を語り始めた。
「アリウスが殺される三日前だけど、ゲルガーはエヴァの故郷を襲撃してきたの。誰一人容赦なく殺しまくり、金品食料の全てを略奪してしまった……」
ルイザの説明に零夜たちは愕然とする。エヴァの故郷モンテルロは、ゲルガーによる虐殺で壊滅。村人全員が殺され、財宝も奪われたこの事件は、ハルヴァスの悲劇として語り継がれている。エヴァはモンテルロにおける最後の生き残りとなっていて、ここで死んだら全滅という結果になるだろう。
「エヴァは奴隷だけでなく、故郷を滅ぼされた事を恨んでいるなんて……ゲルガーはいくら何でも酷すぎるとしか言えない!」
倫子が涙目で怒りを爆発させ、零夜たちも頷く。ゲルガーの罪はあまりにも重く、死刑に該当するのも当然。しかし彼は考えを変えず、自分の意志を貫き通そうとしているのだ。
「何度言われても俺の考えは変わらない。邪魔する奴は容赦なく殺すのみだ! ブラッドスラッシュ!」
ゲルガーが咆哮し、エヴァに強烈な爪攻撃を放つ。鋭い一撃が彼女の胸を切り裂き、服が裂ける音と共に激痛が走った。
「きゃあああああ!!」
「エヴァ!」
悲鳴を上げて膝をつくエヴァ。ゲルガーはニヤリと笑い、勝利を確信したかのように見下ろす。だが、彼女の瞳にはまだ闘志が宿っていた。この戦いの結末は、まだ誰にも分からない――。