零夜たちは後楽園ホール内から、フセヒメが用意した新たな住居前へと転移していた。場所は東京の港区、お台場周辺。都会の喧騒から少し離れた、隅田川のほとりにその家はあった。
「港区と言えばマルテレビがありますが、本当にそんな所に用意しているのでしょうか?」
「ああ。既に手続きは済ませている。目の前にあるぞ」
零夜が首を傾げながら、ヤツフサに尋ねる。彼が小さな前足で指した先には、まるで宮殿のような巨大な邸宅がそびえていた。ガラス張りの外壁が陽光を反射し、豪華さを際立たせる。零夜たちの目が、驚きで見開かれた。
「これが地球での私達の住居……」
「なんか派手すぎてどうかと……」
「う、うん……これは流石に……」
倫子は呆然と呟き、アイリンは猫耳をビクビクしながら唖然としてしまう。日和も苦笑いしながら、目の前の光景に戸惑っている。
零夜たちは複雑な表情で、目の前の豪邸を見つめた。いくら八犬士のための住居とはいえ、この規模は度を越している。しかし、フセヒメの好意を無下にするわけにもいかない。
「仕方がない。中に入るとしましょう……」
「そうね。文句を言ってもどうしようもならないし、中を見てから判断しておかないとね」
「それにワンダーエデンにいるモンスターたちもいるから、彼らにものびのびさせないと」
零夜はため息をつきながら、建物の中に入る事を決断。トワたちも苦笑いしながら同意する事にした。
お台場の豪邸は、確かに目立つ存在だった。だが、今後の戦いや生活を考えれば、ここで暮らすしかない。零夜たちは覚悟を決め、大きな扉へと歩を進めた。
「まあ……この事に関しては申し訳なさを感じているが、中に入れば驚くと思うぞ」
ヤツフサが、フェンリルの毛並みを揺らしながら、少し申し訳なさそうに言う。
「中ですか?」
零夜が、怪訝そうに聞き返す。日和たちも疑問に感じながら首を傾げていた。
ヤツフサは答えず、ただ小さく頷いた。零夜たちは疑問を抱きながらも、ついに扉の前に到着する。
「では、失礼します……」
零夜が重厚な扉を押し開けると、そこには息をのむような光景が広がっていた。玄関ホールには大理石の階段が伸び、天井にはきらびやかなシャンデリアが輝いている。まるで西洋の貴族の館だ。
「こ、これが玄関……」
「物凄く豪華としか言えないな……」
「まるでハルヴァスの宮殿みたい……」
「見事です……」
零夜たちは、あまりの豪華さに言葉を失い、ただ見惚れるしかなかった。外観だけでなく、内装までこのクオリティだとは。貴族の館と呼ぶにふさわしい。
「後は中を探してみましょう。どんなのがあるか見ておかないと!」
「ええ。四手に分かれて行動しましょう!」
トワは周囲を見渡しながら提案し、エイリーンも頷きながら同意する。
グループ分けは零夜、倫子、ベルの三人。日和とアイリン。エヴァとマツリ。トワとエイリーンとなっている。ヤツフサは玄関で待機し、四つのグループが家の中を探索し始めた。
※
零夜、倫子、ベルの三人は、キッチンへと足を踏み入れた。そこはまるで高級レストランの厨房だ。最新のオーブン、クッキングヒーター、炊飯器、さらにはパン焼き器まで揃っている。
「凄い……こんなにもあるなんて……!」
「見事としか言えないな……」
「こんなキッチンは初めてね……」
この光景を見ていた零夜と倫子は驚きを隠せず、ベルは目をキラキラと輝かせていた。
キッチンの奥には、食料貯蔵庫への扉があった。零夜が扉を開けると、そこには大量の食材と巨大な冷蔵庫が。冷蔵庫を開ければ、アイスやデザートまでぎっしり詰まっている。
「いくらなんでもここまでは流石にやり過ぎじゃ……」
「まあ、色々な物が食べられるだけでも良いとしましょう」
「そうね。これなら多くの料理を作れるし」
零夜が唖然とする中、倫子とベルが穏やかに微笑みながら、零夜の頭をそっと撫で始める。これが彼女たちの落ち着かせる方法だが、彼にとっては複雑と感じているだろう。
キッチンに問題はない。後は他のグループの報告を待つだけだ。
※
2階に上がった日和とアイリンは、それぞれの個室を探索していた。扉には八犬士とベルの名前が刻まれたプレートが掲げられ、中は各々の個性に合わせたデザインになっている。
「零夜はトレーニング機器がある和室、倫子さんは美容関連の物が多い。私は可愛い物があるわ」
「私のところも中華系をモチーフにしているし、エヴァは狼関連、マツリは和室、トワは森をイメージ、エイリーンは鍛冶職人の部屋、そしてベルは牧場をモチーフにした部屋となっているわ。その辺については感謝しないとね」
日和は明るい声で周囲を見渡し、アイリンが猫耳をピクピクさせながら、少し照れ臭そうに言う。彼女の尻尾が、そわそわと揺れた。
フセヒメは八犬士たちの性格や好みを熟知していて、部屋の細部までこだわりが感じられる。奥にはヤツフサ用の部屋、来客用の部屋まで用意されていた。
「来客用まであるのね。私たちのところは問題ないし、早く合流しましょう」
「ええ。他の皆も待っているし」
日和の弾んだ声に対し、アイリンがクールに頷く。二人は新しい生活への期待を胸に、玄関へと戻り始めた。
※
エヴァとマツリは、浴室を調査しに地下へと降りた。そこには、まるで温泉旅館のような大浴場が広がっている。大きな湯船のほか、露天風呂や一人用の風呂まで完備されていた。
「男女別ではないのが残念だが、一緒に入る時はどうするか考えないとな」
マツリが姉御らしい豪快な笑みを浮かべていて、今後どうするかを真剣に考え始める。彼女の角が、照明にきらりと光った。
「ええ……。(零夜と一緒にお風呂か……。そういうのもありかも……)」
エヴァが銀色の尻尾を小さく振って呟くが、彼女の心臓は密かにドキドキしていた。零夜との距離が縮まる可能性を想像し、頬がわずかに赤らむ。
恋の行方はまだわからない。だが、この浴室が新たな絆を生むかもしれない。
※
トワとエイリーンは、リビングやその他の施設を確認した。リビングには巨大なテレビとふかふかのソファが並び、まるで映画館のよう。別の部屋にはビリヤード台、トレーニングルーム、さらには地下に指令室まであることがわかった。
「様々な施設があるなんて……これは凄いですね」
エイリーンはリビングを見ながら、興味津々の目で見つめていた。彼女は建築作業も得意なので、構造、内部など様々な観点から見渡すことが可能である。いつかは自身もこの家を建てたい。それが彼女の夢である。
「ええ。これだけあれば大丈夫と言えるし、この家を用意してくれた事に感謝しないと!」
「ええ!」
トワの笑顔でグッドサインを出していて、エイリーンも微笑みながら頷く。
調査を終えた二人は、皆が待つ玄関へと向かった。
※
零夜たちは玄関ホールに集まり、それぞれの報告を共有した。どの部屋も充実しており、皆の顔には満足と興奮が浮かんでいる。他の部屋への興味も尽きないようだ。
「トレーニングルームがあるのなら皆で鍛えるチャンスだし、プロレスの練習をするのも良いかもね」
「タマズサとの戦いは勿論だけど、私達でハルヴァスでのプロレス大会を開くのもありかも知れないわね」
倫子の提案に対して、エヴァが銀色の尻尾を振って賛同する。日和やトワ、マツリ、アイリン、エイリーン、ベルも頷き、皆の心が一つになる。
プロレスの練習は、悪鬼との戦いに備えるだけでなく、ハルヴァスの文化に新しい風を吹き込むためだ。ハルヴァスでは戦闘以外のプロレス興行が少なく、八犬士たちは自分たちでその魅力を広めようと決意していた。
「その提案はありだと思います。俺もDBWのレスラーになる為にも、このトレーニングでプロレス練習をするべきです! 自分達八犬士を知ってもらう機会を増やすだけでなく、ハルヴァスにプロレスという文化を浸透させる為にも!」
「「「おう!」」」
零夜が拳を握りしめて宣言し、エヴァたちも笑顔で声を揃えた。皆はプロレスの練習のため、トレーニングルームへと向かう。ハルヴァスの人々にプロレスを愛してもらいたい。そして、必ずやタマズサ率いる悪鬼を倒す。その誓いを胸に。
(プロレス魂があるからこそ、今の彼らがいるのか。これからが大変そうだな……)
ヤツフサは苦笑いした後、訓練の様子を見に零夜たちの後を追いかけた。こうして、八犬士たちの地球での新たな生活が幕を開けたのだった。