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第44話 絶体絶命!

「その方に触れるな!」


 大きく響きわたる怒号。


 この声は……。


 私は声のした方へ視線を向ける。

 それと同時に、男たちの視線も集中する。


 入口付近に立っている人物に、私の目は釘付けになった。


 龍だ!


 少し遠い場所にいるので、はっきりとした表情は見えなかった。

 しかし、あれは龍だ。

 私が彼を見間違えるはずがない。


 たった今走ってきたのか、龍の肩は激しく上下に揺れている。

 その鋭い眼差しは、こちらへ向けられているようだった。


 私の傍に立つ男が、大きな声で龍に向かって吠える。


「ほう、早かったじゃねえか!

 如月組の若頭……神谷龍之介!!」


 私は龍に向かって力の限り叫んだ。


「龍っ!」

「お嬢!」


 龍が私の方へ向かって駆け出した。

 私まであと五、六メートルという場所に龍がやってくると、男が声をかける。


「おおっと、それ以上近づくなよ。お嬢の顔を傷つけたくなかったらな」


 男は私の頬にナイフを向ける。

 龍はピタリと足を止めた。


 男をぎろりと睨みつけた龍が、静かに問いかける。


「何が、目的だ? こんなことをして……おまえらの組長は知っているのか?」

「組は関係ねえ。これは俺個人の問題だ」


 男はニヤッと笑うと、私の頬にナイフの側面を何度か軽く当てて見せた。

 きっと龍への牽制けんせいのつもりだろう。


 ナイフの冷たい刃が皮膚に当たり、不快に感じた私は眉を寄せ男を睨みつける。


「貴様っ……」


 龍は拳をギュッと握りしめ、湧き出てくる怒りを懸命に抑え込んでいるようだった。


 彼の目は、狼のように鋭く鈍い光を放ち、相手を捉えている。

 その目に睨まれると、誰もが恐れ体がすくむ……という噂を耳にしたことがあったが。それはどうやら偽りではないらしい。


 周りの連中ときたら、皆びびったようにたじろぎ、怯えた瞳で龍を見つめている。


 歯を食いしばり顔をこわばらせながら、怒りで体を小刻みに震わす龍。


 いつも冷静で、何事にも動じない。

 そんな男が今、目の前で怒りに震えている。


「おお、恐い……。

 最強とうたわれたあの龍が、こんな小娘一人に必死だっ!

 あの噂は、本当だったんだなあ」


 ニヤニヤとねちこい笑みを浮かべ、男は勝ち誇ったように龍を見つめる。


「過去には日本一と謳われた暴走族の総長、その名を全国にとどろかせ伝説となった男。

 いきなり姿をくらましたかと思えば、ここら一帯を取り仕切るヤクザの組の若頭となり、またもその名を轟かせた。

 名実共に、最強の龍。

 そんな男が……一人の娘に、うつつを抜かしてるってよ!」


 始めは独り言のようにブツブツとつぶやいていた男の言葉は、だんだん興奮と共に叫びへと変化していった。

 静まり返った空間に、男の叫びがこだまする。


 私は目を丸くして龍を見つめた。


 龍って元暴走族だったの? 

 ……知らなかった。

 まあ、初めから喧嘩はめちゃくちゃ強かったし、他の連中とは違う凄みがあったけど。


 龍は男を馬鹿にしたように、ふっと笑った。


「それがどうした? 俺は今の暮らしに満足している。過去の栄光なんてどうでもいい、過去に戻りたいとも思わない。

 お嬢や親父と共に過ごせ、俺は今、幸せだ!

 それで十分だ、他に何もいらない……」


 男を見る龍の瞳は、とても澄んでいる。

 そこに嘘はないと、誰の目から見てもわかるくらいに。


「龍……」


 そんな風に思ってくれていたの?


 初めて聞かされた龍の本心に、感動した。

 龍が私たちのことを大切に想ってくれていることは知っている。


 でも、改めて気持ちを聞くと、心にジーンとくるものがあった。


 こんな状況なのに、私の心は龍の想いに満たされ、温かくなっていく。


 ところが、男はその龍の態度が気に食わないのか、悔しそうに顔を歪め歯を食いしばっている。

 ギリギリと歯の摩擦音が聞こえてくる程に。


 どれだけ力込めてるのよ! と私は男を凝視する。


 男は突然、苦しそうにうめき出したかと思うと叫んだ。


「そうかよっ! ……なら、この女のためなら、なんでもするんだな?

 おい、おまえら!」


 男が合図すると、一斉に他の男たちは龍を取り囲んでいく。

 あっという間に龍は男たちに包囲されてしまった。


「ちょっ、何すんのよ! 大勢でなんて卑怯よ!

 それに人質まで取って。

 そんなことまでしないと勝てないの!」


 私は縄を解けないかと、体をうねらせながら手足をばたつかせる。

 しかし、しっかりと固定されている縄はいっこうに解ける様子はなかった。


 わめき散らす私に向かって、男が怒鳴る。


「おまえに、何がわかるっ!

 俺はなあ、俺は……龍さんに、憧れてたんだ!」

「はあ?」


 思いもしなかった言葉に、その場にいた全員の動きがピタリと止まった。


 一体どういうこと?


 皆の視線が今度は男に集中した。


 男はふっと微笑むと、静かに語り出す。


「俺は昔、最強の龍に憧れ、暴走族に入った。

 そしたら、いつの間にか龍は族抜けし、ヤクザになってるって言うじゃねえか。

 んで、俺も龍を追い、ヤクザの道へ足を踏み入れた。

 そしたら今度は、おまえみたいな小娘に龍はうつつを抜かしてるじゃねえか!

 俺は、この嬢ちゃんに振り回されてる龍を見て、愕然がくぜんとし落ち込んだ。

 俺の憧れていた龍はどこいったってな」


 男はどこか遠くを見つめ、切々と語っている。


 何言ってんの? この人。

 私の目が点になる。


 龍も不思議そうに男を見つめている。


 他の男たちも戸惑い、どうしていいかわからず狼狽うろたえているようだった。

 どうやら彼らは本当の目的を聞かされていなかったようだ。


 私は皆を代表して質問してみる。


「それで、何であなたの憧れの龍を困らせるようなことをするわけ?」


 男は少したじろぎながら、恥ずかしそうに答えた。


「それは……ある方が、龍をここに呼んでこいって言ったからだ。

 俺は龍とお近づきになれるかもって思って、それで」


 男の語尾がだんだん尻すぼみになっていく。


 どういうこと? 話が見えてこないんですけど。


 パァンッ。


 突然、大きな爆音が鳴り響く。

 この音は……発砲音!?


 すべてがスローモーションように動いていく。

 私は音の方向へ視線を向けた。


 目に映ったのは……撃たれた龍がのけ反り、ゆっくりと地面に倒れていく姿だった。


「いやぁっ!!」


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