「龍っ! 龍っ!! いやっ、どうして!」
今の状況を理解することができない。
混乱しながら、ただ必死に龍の名前を張り叫んだ。
目の前の男も先ほどの余裕はどこへやら、放心状態のようにポカンとした表情で倒れた龍を見つめている。
「え? どうして、龍が……」
発砲した人物は、龍を撃ったあとすぐに正体を
遠くの方で人影が去っていくのが見える。
その身のこなしから、その筋の人間の仕業だとすぐに理解した。
男たちは戸惑い、動揺した様子で辺りをうろついている。
誰もこの状況を把握している者はいないようだ。
「ねえ、解いて! 縄解いて!!」
私が
「あ、ああ」
緊張からか男の手が震え、なかなか縄が解けていかない。
私はもどかしくて、
縄が解かれると、私は龍のもとへ全速力で駆けていく。
「龍っ!」
龍の傍らで膝をつき、弱々しく息をするその体をそっと支えた。
「龍、龍! しっかりして!」
私の声に反応した龍の瞳がわずかに開いた。
「お、お嬢……」
弱々しい龍の姿に、私は眉をひそめながら彼の体を確認した。
大丈夫、まだ意識がある。
それに致命傷にはなってない、と思う。心臓から少し離れた場所を打たれている。
血は出ているけど、これぐらいなら大丈夫……。って私にはわからないけど。
無事だと思いたいじゃない!
私はポケットの中にあるスマホの存在を思い出し、手を伸ばした。
触れた感触に、ほっとする。
幸運なことに、これは奴らに発見されずに済んだようだ。
震える手で操作し、救急車を呼ぶ。
ふと私は辺りを見回した。
いつの間にか、先ほどの男たちの姿は
あの男も、他の連中も全員……。
もぬけの殻だ、ここにいるのは私と龍の二人だけ。
この事態に恐れをなして逃げた?
もしかして、あいつ等も誰かに利用されていたの?
何も知らされていないようだった。
龍のことを敵視し、邪魔だと思っている誰か……。
本当の犯人は、龍を撃った奴。
一体誰だ、許さない!
ぎゅっと握りしめた私の手の上に、龍の手が優しくのせられた。
「お嬢、無事で……よかった」
苦しいだろうに、龍は精一杯の笑みを向けてくれる。
「話さないでっ」
ハンカチを取り出し、それを龍の傷口に押し当てる。
すぐに布が赤く染まり、それがだんだんと広がっていくのがわかった。
大丈夫だよね……意識はあるし、話せてるんだから。
私は何度もそう自分に言い聞かせていた。
「龍、すぐ救急車来るから、大丈夫だからね」
無我夢中でハンカチを押さえ続けた。
助かってほしい、無事でいてほしい。
ただそれだけだった。
「お嬢……」
龍が何か小さくつぶやいたが、必死な私の耳には届いていなかった。
しばらくすると、サイレンの音と共に救急車が到着した。
龍は応急処置を受けた
私も一緒に付き添うため、車に乗り込んだ。
車内でも私は龍の手を握りしめながら、必死に祈り続けていた。
押し寄せてくる不安と闘いながら、自分を奮い立たせるため懸命に祈り続ける。
龍……龍っ、どうかお願い……。
病院へ到着すると、龍はそのまま手術室へと運ばれていく。
私はなす術もなく、ただ茫然と扉を見つめ続けていた。
何も考えられず、ただそこに立ち尽くしている私のもとに祖父がやってきた。
血相を変え慌てた様子の祖父は、私を見つけると安堵した表情になった。
「流華! よかったっ、無事で」
祖父は私を強く抱きしめた。
「おじいちゃん……龍が、龍がっ」
震える体で、すがりつくように祖父にしがみついた。
「うん、わかっとる。大丈夫、わしがついとるからな」
そう言うと、祖父は私の頭を優しく撫でてくれた。
一人恐怖と闘っていた私は、祖父の温もりと優しさを感じ、肩の力が抜けていくのを感じた。
「何、心配いらん。龍はわしが知っとる奴の中でも一番頑丈じゃ。
こんなことくらいで、死なない」
そう言う祖父の声音は、いつもと違って緊張感の漂うもので。
それが私の不安を増長させた。
それから、一体どれくらいの時間が経ったのか。
時間がいつもより遅く、永遠のように感じられた。
手術室のドアが開き、中からたった今手術を終えたばかりの医師が姿を現した。
「先生! 龍は?」
私が掴みかかると、医師は困った表情を見せる。
「これ、流華」
祖父が私を優しく引き剥がすと、医師は私に微笑みかけ、静かに告げた。
「大丈夫……彼は、助かりましたよ。
いやあ、驚きました。彼の生命力の強さには。普通の人間なら、まず助からなかったでしょう」
その言葉にほっとした私は、足の力が抜け廊下に座り込んでしまう。
あとのことはあまり覚えていない。
安堵感からか、頭が真っ白になって何も考えられなかった。
祖父が医師と何やら話したあと、私を支えながらどこかへ連れて行ってくれたのだけは覚えている。
「こちらです」
看護師が案内した部屋に入ると、ベッドに横たわる龍の姿が目に飛び込んできた。
「龍……、龍!」
私は龍の側へ駆け寄り、呼びかける。
「今はまだ麻酔が効いているので、眠られています。
一時間もすれば目覚められると思いますよ」
そう言って看護師は病室を出て行った。
「……よかったな」
祖父は龍の顔を見つめ、ほっとした様子で大きく息を吐いた。
「うん、よかった。……本当によかったっ」
私は龍の手をぎゅっと握りしめる。
そのあたたかな体温を感じ、目頭が熱くなった。
生きてる! その喜びを嚙みしめる。
顔を見つめていると、腹の奥底から愛しい気持ちが湧いてくるのを感じた。
龍が目覚めるのを待つ間、私は彼の側に寄り添う。
そして改めて、龍の顔をまじまじと見つめた。
静かな寝息を立てるその顔に、私は見惚れていた。
やっぱり、綺麗な顔してるな……今更だけど。
男らしくもあり、どこか中性的な印象を感じさせる龍の顔。
綺麗な曲線美を描くシャープな輪郭。
この鋭い切れ長の目も、私を見つめる時はいつも優しく変わった。
形の整った唇。ここから発せられるのは、いつも私を想った言葉の数々。
今まで気にしてなかったけど……龍ってモテるんだろうな、きっと。
私に内緒で彼女いたりするのかな……。
でも、そんな時間ないよね。ずっと私の傍にいてくれてるし。
いたら、きっとわかると思う。
今回のことで、自分の気持ちがはっきりとした。
龍が撃たれた時、生きた心地がしなかった。
彼を永遠に失ってしまうかもしれない、と思った瞬間。
いてもたってもいられなくて、私の体は勝手に走り出した。
世界が崩れていきそうな、あの感覚……。
龍のいない世界なんて、考えられない。
当たり前のように傍にいてくれるから、気づけなかったよ。
私はゆっくりと手を伸ばし、そっと龍の頬に触れる。
愛しい……。
心の底から湧き出る気持ち。
これは今の私、流華の気持ち。
ヘンリーのときとは少し違う。
やっぱり、ヘンリーへの想いは過去生の想いによる影響が大きかったのだろうか。
今さら気づくなんてね……。
溢れる愛しい気持ちと共に、龍を見つめた。
そのとき、彼の目が微かに動いた。