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第22話 閑話 その頃のシャルロットたち



 アーク君が消えたらしい。


「まぁ、まぁ、落ち着いてメイス君。もう一度確認するよ?」


 明らかに冷静さを失っていたメイス君を何とか宥め、ボクは改めて質問した。


「アーク君が『何か』があると言い出して、何もないはずの空間に腕を伸ばしたら――消えたんだね?」


 何度か深呼吸をして、やっと落ち着いたらしいメイス君がゆっくりと頷いた。


「はい。空間が揺れているとか――シンキロー? とか言っていました」


「……蜃気楼、ねぇ?」


 蜃気楼というのは大きな『蜃』が『気』を吐いて『楼閣』の幻を見せるという伝説だ。ちなみに蜃とは水の中に住む龍のことであるとも、その龍の近くにある巨大なハマグリであるとも言われている。


 とにかく。前世での伝説なのだから、メイス君が理解できていなくて当然だ。


(状況からすると強制転移だろうか?)


 無論、転移魔法すら使える人間が限られる現代において、術者がその場にいないのに対象を転移させることなどほぼ不可能だ。ボクはもちろんのこと、あんなにも簡単に集団転移をしてみせたミラ君でもたぶん無理。『術者がその場にいない』状態での転移とはそれほど難しいものなのだ。


(いやしかし、ゲームでの強制イベントとかならどうだろう?)


 特に原作ゲームでは場面転換としてよく転移魔法が使われていた。それがアーク君にも起こったとしたら?


 もしかしたら。今もアーク君はイベント攻略中なのかもしれない。

 もしかしたら。一人で強大な魔物と戦っているのかも……。


 そんなことを考えていると、ミラ君が声を上げた。


「――お兄ちゃん、見つけた」


 彼女はアーク君がいなくなったと聞いてから集中し、探知魔法でアーク君を探してくれていたのだ。


 だが、この国では一番の魔力総量を持つミラ君が、ここまで探知に時間が掛かるとは……?


「ん。横じゃなく、縦にいた」


「縦?」


 つまり地表を移動したのではなく、空中か地下に転移したということだろうか? なるほどそれでは地上をいくら探しても見つからないはずだ。


「――虎よ、虎よディ・スティーナ、千里を駆け、」


「ま、待ちたまえ!」


 転移魔法の短縮呪文を唱え始めたミラ君を慌てて止める。十中八九アーク君を迎えに行こうとしているのだろうが……『イベント』が進行中なら戦闘になっている可能性もある。そんな場所にミラ君一人向かわせるわけにはいかない。


 彼女は素晴らしい魔術師だが、戦闘経験はないはずだし、なにより護衛なしで魔術師だけを突っ込ませるなど……。


 ミラ君の両肩を掴み、ゆっくりと説得する。


「いいかい、ミラ君。アーク君はおそらく転移魔法を使えないのだから、何者かに転移させられた可能性が高い。友好的な存在か、そうじゃないかは分からないが……一人で向かうのは危険すぎる」


「じゃあ、シャルも来る?」


「もちろん。……おっと」


 即断した自分に苦笑してしまう。アーク君のことを気に入っているとは思っていたが、まさかここまでとは。


 そんなボクにメイス君が続いた。


「私も。戦闘経験はありませんし自衛くらいしかできませんが、知識や推理が必要な場面ではお役に立てるはずです」


「……頼もしいね」


 メイス君がそう申し出たのは目の前でアーク君が消えてしまったことへの罪悪感か。あるいは――愛か。


 おふざけはともかく。頼もしいのは事実だ。

 たとえば原作ゲームでは『ダンジョン』を攻略する場面があったが、それは戦闘だけでなく謎解きも重要な要素となっていた。メイス君の頭脳は頼りになることだろう。


 そんなボクたちにラック君が近づいてくる。


「ご令嬢方。さすがに危険です――と、説得しても向かうのでしょうね。まったくアークは果報者だ」


 ラック君が腰の剣を抜いてから肩をすくめた。


「アークほどの腕前はありませんが、自分はこれでも騎士。いかな困難があろうともご令嬢方をお守りすると誓いましょう」


 恭しく一礼したラック君が、愛しのエリーに向き直る。


「エリザベス様。危険ですのでこちらでお待ちください」


「そんな! ラック様だけを危険な場所に向かわせることなどできません! わたくしも一緒に行きます! それにわたくしも、シャルたちの心を癒やしてくださったアーク様を放っておくことはできませんし……」


「ですが、貴女に何かあったら私は自分で自分を許せません」


「大丈夫ですわ。シャルたちほどではありませんが、わたくしも高位貴族。実戦経験がないとはいえ魔力総量は高いですし――ラック様が、守ってくださるのでしょう?」


「……エリザベス様」


「ラック様……」


 こんな時にもキラキラうるうると見つめ合うバカップルだった。


「……ミラ君、さっさと転移してしまおう」


「ん」


 白けた顔で頷き合うボクとミラ君だった。


 さすがに二度目となるとミラ君の魔力も心ともないので、ボクも魔力のサポートをしつつ集団転移したのだった。


 そして――




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