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第68話 第一章 エピローグ・2 アホ太子


 ――王都。


 卒業記念記念パーティーと婚約破棄騒動の、翌日。

 王城の王太子執務室で。王太子カルスは予定通りに進んでいる状況に笑みを零していた。


「ふっ、しょせんはこの程度か」


 この国は貴族の力が強すぎた。国王ですら独断で物事を決められないほどに。そんな状況に、王太子カルスは子供の頃から危機感を抱いていたのだ。一刻も早く貴族共を排除し、王の力を取り戻さなければならないと。


 ……カルスにとって、貴族による大会議制度は『邪魔』でしかないようだ。


 王国であろうとも、王が全てを決めるわけではなく、貴族による会議が開かれ、そこで物事が決められる。子供の頃から散々その重要性は教え込まれたはずなのだが、どうしてかカルスには理解できていないようだ。


 カルスは心配していた。

 このままエリザベスを王妃にしては、公爵家の力が強くなりすぎると。


 だからこそ彼は動くことにしたのだ。エリザベスとの婚約を破棄し、実家に大した力のない『聖女』アリスを正妃として、国王による絶対政治を実現しなければならないと。


 そんなカルスの思想に、未来の側近たちは次々に賛同した。

 彼らは単純に考えが足りなかったり、それぞれに事情はあったりもするのだが……総括すれば『馬鹿息子共の馬鹿騒ぎ』となるだろう。


 だがしかし、その馬鹿騒ぎは上手く行こうとしていた。


(やはり私は天才だったようだな!)


 上手く行きすぎている状況に大満足なカルス。


 なにせ昨晩の卒業記念パーティーにおいて、婚約破棄が成功しただけでなく、他の問題の一つが解決したのだ。


 カルスが動こうとするとき、邪魔だったのは近衛騎士団の連中だった。第一騎士団とは違い、奴らは王太子であるカルスではなく、国王父上の命令を至上としていたためだ。


 だが、近衛騎士団とはいえ全員が一騎当千の強者ではない。計画の邪魔になりそうなのは三人だけだった。


 近衛騎士団長にして『元勇者』ライラ。

 ライラを唯一倒したことがある、『女殺し』のアーク。

 そして、その知謀によって多くの戦いを勝利に導いてきた『軍師』ラック。


 婚約破棄を終えた直後、会場に入ってきたのはアークとラックだった。


「……彼らが、アークとラックですね」


 宰相の息子からの耳打ちで、カルスはやっと「そうなのか」と認識する。計画の邪魔になるとは聞かされていたが、わざわざ平の騎士の顔など覚えてはいなかったのだ。


(むっ!)


 そのとき、カルスの(自称)聡明な頭脳は閃いた。こいつらに令嬢この女たちを捨てに行かせれば、厄介な三人のうち二人が消えるではないかと!


「おお! 丁度いい! そこの騎士! この罪深き女共を『魔の森』に捨ててこい!」


「……魔の森、ですか?」


「そうだ! さっさと行け!」


「…………。……殿下のご下命とあらば」


 うやうやしく一礼してから、会場を出て行くアークとラック。


 王太子に対する態度をよく分かっているではないかとカルスはご満悦だ。戻ってきて、反抗的な態度を取らなければ近衛騎士団長にしてやってもいいなとすら考える。


 そして騒がしい創業記念パーティから一夜明け。

 令嬢たちを婚約破棄し、追放したが、彼女らの実家から表立った反発はなかった。むしろ令嬢の妹を新たな婚約者に、と申し込んできた家もある。


「見ろ! だから父上は心配しすぎだったのだ!」


 ご満悦なカルスに側近たちも次々に同意する。


「えぇ、まったくです!」

「さすがのご慧眼です!」

「いやむしろ、殿下相手だからこそ貴族連中も強く出られないのでしょう!」


「そうだろう! そうだろう!」


 大満足なカルスだが、最大の問題はまだ残っていた。


 元勇者・ライラだ。


 この女は何としても排除しなければならない。なぜならば、ドラゴンの血を浴びた『バケモノ』に王族や王城の守りを任せることなどできないのだから。


「まったく! なぜ父上はこんな簡単な理屈が分からないのか!」


「しかし、実際強いですからねぇ」

「いや、まったく」

「アレをどうにかするには、まずは近衛師団から引き剥がしませんと」


「ふむ……」


 側近たちからの意見を聞き、熟考するカルス。


 近衛師団員のライラに対する忠誠心は高く、ライラが率いた近衛師団は易々と第一騎士団を撃破しかねない。


 だが。近衛師団とライラを引き剥がしたあと、個別に排除することは……できるはずだ。いくらライラがバケモノであろうと、『国』を相手にはできないのだから。


 ……ちなみにではあるが。

 ライラ本人は「国相手は無理だ」と謙遜するだろうが、彼女の武力と知略であれば一人で第一騎士団を壊滅させることも可能だ。そして第二第三騎士団はそこまで強くはない。


 しかし、カルスは実力を見抜くことができない。


 ならば、どうするべきか……。


 悩んだカルスは、名案を思いつく。たまには家臣からの意見を聞くのが良い君主であるなと。


「お前たちの意見を聞いてやろうではないか!」


「げ」

「げっ」

「げぇ」


 側近たちはササッと目を逸らし―― 一人の少女に視線で助けを求めた。


 聖女候補。

 否。もはや聖女で確定か。


 ――アリス・ライン男爵令嬢。


 柔らかにカールした金色の髪。シミ一つない白磁のような肌。艶やかで血色いい唇……。

 お人形さんのような。絵画のような。――天使のような。そんな、可愛らしいとしか表現できない少女だった。


「そうですねぇ……」


 こてん、と小首をかしげる動作一つとっても男心を掴んでしまう。そんな、不思議な魅力がある少女だ。


「――アーク様たちの帰りが遅いですから、近衛騎士団長に確認に行かせるのはどうでしょうか?」


 アリスの提案を受け、


「そうか!」


 宰相の息子が手を叩いた。


「いくら騎士団長とはいえ、魔の森へと向かえばすぐには帰ってこられない! そのうちに近衛騎士団を第一騎士団で制圧してしまえばいいと! 騎士団長とアーク、ラックがいない近衛騎士団など楽な相手だと! さすがはアリスさんですね!」


 宰相の息子の言葉に、アリスは頷くでもなくにっこりと微笑んだ。自分の手柄を誇ることのない謙虚さ。そんなところもカルスたちは気に入っていた。


 カルスが椅子から勢いよく立ち上がり、腕を振り払った。さすが王族なだけあってそういう動作は様になっている。


「よし! まずはライラを呼び出して、アークたちを追わせるぞ! やつが王都から十分に離れたら行動開始だ! ――父上には隠居していただき、私が新たな王となろう!」


「おお!」

「ついに!」

「やるんですね!」


「あぁ! やる! 腐った貴族共からこの国を取り戻す! ついに私たちの時代が来るのだ!」


 ――王子カルスの乱。


 後の世において、『騎士王アーク』の建国譚は数多く作られるのだが……。ほとんどの物語において、この乱が最初の山場として記述されることとなる。




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