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第8話 原石


 内装の打ち合わせは、具体的に作る調度品の話になっていた。

 さきほどの少年たちも端の方に立ち、まじめな顔で聞いている。


「だんなぁ、こちらの壁は棚でいいですかねぇ?」

「そうだな、この部屋の壁側はだいたい棚でいいだろうな」


 シモベ様、大雑把過ぎませんか。


「扉付きのキャビネットなんかも、あった方がいいですかねぇ?」

「そうだなぁ、一応あった方がいいか」


 なんでみんなこちらを見るのでしょうか。

 いたずらなんてしないのに!

 わたし、悪さをしない良い猫ですよ?


 カゴの中から顔を出して話を聞いていると、フレスが遠慮がちに口を開いた。


「あ……親方。扉があっても猫は入るぞ」


 その言葉に、ずいっと身を乗り出したのはシモベ様だ。


「そうなのか? 扉があるのにどうやってだ?」


 猫に関することはなんでも聞きたい詳しく聞きたいという顔で、前のめりになっている。


「どうにかしてだ——じゃなくて、です。扉があれば入りづらくはなるけど、扉があるからそこに入りたい子もいるし。っていうか、多い、です」


 そうだよねぇ、囲まれていると安心するよねぇ。わかる。


「そうか、扉が好きな猫が多いのか。それなら全部扉付きだ。出入りしやすい扉で」


 出入りしやすい扉って、扉の意味あるかな……。

 それに、そんな「さぁどうぞお入りください!」って扉は、あんまり魅力感じないの。

 こう、ひっそりとした隙間に無理に入るのがいいんだよ。してやったりなの。

 ——って信じられない! わたし今なんか猫みたいなこと思ってなかった?!


「だんな様、とっておきの扉を少しだけ付けたらいかがですか」

「セバスはやはり頼りになる」

「棚といってもいろいろなんですがね、だいたい本棚でいいんですかね?」

「あとは書類棚がいるだろうか。他になんかいるか?」

「お茶を飲むならカップボードがあると便利でしょうかねぇ」

「お茶か……飲むだろうがここで淹れるかな? ネコもいるし」

「では、そのあたりはおいおいで、置ける場所を残しておきましょうか」

「俺はそのへん全然わかないから、セバス、適当に指示してくれ」


 シモベ様、おおらかが過ぎませんか。

 説明を聞いて選択するくらいの仕事はしてもいいんじゃなかいかな。

 具体的な話に入るあたりで、フレス少年が遠慮がちにでもしっかりと言った。


「親方、はしご型の柱を天井まで立てて横板を渡したらどうだ」


 フレス少年が親方と職人が「おっ」という顔をした。


「自由に使えるのはいいんだが、あれは納屋や食料貯蔵庫パントリーなんかに使うようなもので、ご領主様の執務室にはちょっと向かないかなぁ」

「なんかあった時に棚が倒れないぞ」

「たしかに、倒れはしないな。物は落ちるが」

「物が落ちるのはどんなんでもいっしょだ。倒れないなら扉と鍵を付ければかなり防げるだろ」

「見た目気にしなければ、それもいいかもしれねぇな」


 みなさんこちらを見てうなずいている。

 なんですか、猫の安全が一番ということですか。

 みんな本当に猫を優先し過ぎじゃないかな。ここのあるじのシモベ様を第一に考えた方がいいと思うのよ。

 フレスはさらに追い討ちをかけた。


「部屋をぐるっと全面棚にして、窓や扉の上も棚にしたら、猫が好きに歩ける通路になると思う」

「ニャー!」

「それだ!」


 わたしとシモベ様の心をがっちりと掴みましたよ!

 猫が好きに歩ける通路! なんて素敵な響き!

 高く細いところを好きに歩けるって最高だよ。

 わたしってば何を猫みたいなことを! と思ったけど、猫だもの。本能には抗えない。

 ニャーニャーと前足を伸ばしたところ、シモベ様がフレスの肩に手をかけた。


「少年は猫のことによく気がつくな。家にいるのか」

「三匹いるよ——ますです」

「猫は好きか?」

「好き、です」

「あ〜……、もしよければなんだが、うちで働かないか? 今の仕事に誇りを持っているとは思うんだが、人手が足りなくて困っている。ネコの世話ができる者を探していたんだ。なんなら内装やってもらっている間だけでもいい。嫌なら遠慮なく断ってくれ」

「え、いや、オレ……お屋敷勤めなんて無理だ、です」

「もれなくネコのお世話係だぞ。うらやましいな」

「猫のお世話係」

「昨日、外に出てしまって死にかけたんだ。私もセバスもネコを見てられない時があるからな。ネコも少年が気に入ったみたいだし。今もらっている賃金と同じほど出そう。試しに少し働いてみないか?」


 シモベ様はそんなことを言って少年を見た。

 少年は困ったように親方に視線を向けた。


「ご領主様、ありがてぇお話ですわ。この子は元々食堂をやっている家の子なんですがね、数が苦手みたいで。お代を数えられないからってんで、うちに来たんですわ」


親方は困ったような、でも温かな目で少年を見た。

数えられないわけではないのだろう。

さっきも、時間はかかったけれども数字を読みあげていた。

でも大工や細工の仕事は数が重要だよね。速さが求められる場面もあるだろう。


「言うほどできないわけじゃねぇ。いい案を出してきたり、よく働いてくれるんですわ。それだけに、もっといい仕事があるんじゃないかって、惜しく思っていまして——フレス、おまえはどうだ? 試しにやってみればいいんじゃねぇか? だめだと思ったら戻ってきてもいいからよ」

「や、でも、オレできるかわかんないし……」


 シモベ様はわたしをひょいと持ち上げ、少年の前に出した。


「ネコのお世話係をか?」


 日に焼けた顔が真ん前にある。

 ひょろりと細い体にあどけなさが残る顔。十二、三歳といったところかな。

 茶色の髪の奥にある、綺麗な緑色の瞳がわたしを映している。


「ニャー(この家においでよ)」


 わたしの言葉がわかるわけない。

 でもその瞬間。

 青葉の瞳に光が灯り、にこりと細められたのだった。




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