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第24話 ◆夕焼けに誓った


 そのメイド募集の張り紙を見かけたのは、偶然ではなかった。


 ケイティ・ウデジュは数日前、運命に出会った。

 運命の名は、レイルース・テレーブラン。数日前に領地を賜った英雄テレーブラン魔法伯だ。

 太くはないがたくましい体に、きりりとした顔。黒い髪に黒い瞳が硬質な美しさを醸し出している。

 そして英雄。国で最も有名で活躍した軍人。

 立場も顔も体型も好みのど真ん中である。

 ひと目で恋に落ちた。


 ケイティはヴェルニア王城で働くハウスメイドだった。

 実家は裕福な商家で、本来なら働く必要はなかったが、身分の高い者との縁を期待して王城での仕事に就いた。

 平民だったため侍女や貴人につく上級のメイドにはなれなかったが、礼儀作法を学んでおり見目もよかったため、目論見もくろみ通りに夜会などで広間の給仕を任されるようになった。


 先日行われた年に一度の叙爵式の日もその役目についた。

 そこでレイルースを見つけたのだ。


 領地を賜ったということは、どこかの領主になり領主城へ住むこととなるだろう。

 今のように魔法師兵舎に詰められていたら会うこともままならないけど、領主であればメイドとして会うことができる。

 ケイティはメイド長に近いうちの退職を申し入れた。実家の近くの領主の屋敷で働きたいのだと言って、紹介状も出してもらった。


 それから仕事の合間に家政ギルドへ通った。

 王都で使用人を探すなら、ここへ来るはずだ。

 行く先の領で募集するのであれば、そちらに行ってから応募しよう。

 そう決めてギルドに通うこと数日。

 場所ははっきりとかかれていないが、田舎の大きな屋敷での勤務という張り紙が張り出された。

 募集はメイド、従僕、下男、調理人などなど。

 この募集に違いないとピンときた。

 一度人が絶えてしまった領主城でなら、こんなに大量の募集も納得がいくから。


 王都から田舎に行きたい者は少ないのだろう。

 王城の紹介状もあり、人が集まらないとかですぐに雇用が決まった。

 とうとうあの素敵な英雄様に近づける。愛し合えるのだ。

 ケイティは期待に胸をふくらませて、国の端のベイルラル領へと旅立った。


 ベイルラル城でのメイドの仕事は、思っていたのとは違った。

 仕事がきつい。人手不足なのだ。それにケイティは王城で綺麗な仕事ばかりをやっていたから、余計きつく感じた。


 そして何より想定外だったのが、猫の存在だ。

 ケイティが城に到着した時には、すでにその子猫はいた。

 レイルースは子猫にべったりで、メイドには目もくれないし近寄る隙もない。

 とても正気の沙汰とは思えない溺愛っぷりだった。


 ——あれは、あたしへの愛だったはず……!

 先にここにいただけの猫なんかに奪われた。

 どうして? なんの間違いで?


 正すために、猫を追い出すことにしたのだ。

 猫は自由に歩くもの。

 勝手に外に出ていなくなったのなら、仕方がないことではないか。

 小さい体をつまんで、庭の隅に放置した。

 このままどこかに迷い出てしまえばいいし、獣にやられても仕方がない。

 英雄も数日は嘆き悲しむかもしれないが、そのうち忘れるだろう。

 いや、もしかしたら、すぐにでも正気を取り戻して、自分に愛を告げるかもしれない。


 だが、ケイティの企みは失敗した。

 猫は生き延び、レイルースの猫への過保護っぷりは増し増しに。

 さらに警戒が深まり、愛しい英雄には近づけなくなった。

 寝室は掃除でも入ることを禁じられた。

 隙を探るために間違えたふりをして掃除をすると、レイルースは次の日からは猫を連れて執務室へ行った。


 猫にべったりのレイルースは他のものを見ない。

 やはり猫をどうにかするしかない。


 ケイティが次の手を考えているところに、新しい使用人たちが入ってくる。

 その中でいい口実になったのがエドモンドだった。

 近づくふりをして、呼び出した。実際にちゃんと用事を作ったので疑われることなく、猫を孤立させることに成功したのだ。


 メイド長に、「新しく来た従者は、だんな様の部下だった方ですよね。貴族の方でしょうか? お部屋は2階の客室を用意しますか?」とかそんな感じの話題をふる。

 そしてエドモンドには「メイド長が聞きたいことがあるってお呼びなんです」と言った。

 ちょっとした違和感は感じるかもしれないが、実際に顔を合わせれば聞きたいことがあったのはたしかなので、食い違いは起こらない。

 料理長にも、「だんな様の元気がないようなんです。元部下のエドモンドさんに、お好きなものとか聞いてお出ししたらどうでしょうか?」などと言い、エドモンドには料理長が呼んでいると伝えた。


 そして部屋が空になった隙に、猫を連れ出した。

 レイルースや家令のセバスに警戒されないように、少しずつ少しづつ。

 猫が歩ける範囲が広がっていると見えるように。

 勝手に外に出たのだと思わせられるように。


 ところが、猫が一匹で歩いているところを、クラリスに見つかった。

 三つ編みの同僚は驚きと怒りで珍しく声を張り上げていた。


「信じられない! ネコちゃんが一匹で歩いていたのよ!? 危ないじゃない! どうして誰もついていないの!? だんな様にしっかり言っておかなければ!」


 ケイティは、また猫の護りが強固になる前に、今度は絶対に追い出さなければと決意した。


 そして対峙した猫は魔物だった。

 魔法を使い、ケイティに襲いかかった。


『カカカカカカカカ……』


 おかしな音を出して迫り来る魔物。

 それはそれはもう恐ろしかった。

 無我夢中で助けを呼んで逃げようとした。


 それからのことは思い出したくない。

 誰も自分のことを信じてくれず、かばってはくれなかった。

 そしてひとつ間違え、前回のことも明るみに出てしまった。


 愛しい英雄に城からの追放を言い渡された時。

 そのたくましい腕に抱かれた猫は、にやりと笑ったのだ。

 魔物だ。間違いない。

 レイルースは魔物に魅入られ騙されているのだ。

 恐ろしかったが、それ以上に許せなかった。


 ————そこにいるべきなのは、あたしよ! 王城で出会った、輝く英雄。あたしの運命。

出会った時、あたしのことを見てくれたでしょ。あの時にわかったのよ。この人だって。あたしを愛する人なんだって。あたしの手を取って、抱きしめるはずだった愛しい人。それなのに、あの猫が邪魔をしたのよ。あたしの場所を横取りして奪った。魔物が汚い手を使ったんだ。返して。あたしの場所を。あたしのレイルース様を————!


 魔物の分際で自分ががいるべき場所にいる猫に、頭がどうにかなってしまいそうだった。


 城から追放された今、とても王都へ戻る気になれなかった。

 あの猫をどうにかして、英雄を助けなければ。

 美しく凛々しい姿を取り戻させなければ。

 今は魔物に惑わされておかしくなっていても、きっと、後にはケイティに感謝をするはずだ。そしてそこまで尽した自分に、愛をささやくことだろう。

 幸い、ためていたお給金がある。実家に言えば必要な物もおこずかいも送ってもらえる。

 機会をうかがいながら、都合のいい仕事をじっくりと探すことにしよう。


 ——覚えておきなさいよ、魔物。絶対に英雄を取り返してみせるから。


 ケイティは口元に笑みを浮かべて、城門から雑踏へ踏み出した。




 夕暮れ時、宵闇カラスの活動が活発になる時間。

 ベイルラル領都を群れで飛んでいた闇夜カラスたちは、お腹に妙な気配を感じた。

 なんともいえない、嫌な感じだった。

 これは早く外に出してしまった方がいい。

 野生の勘が仕事をした。


 ちょうど真下で赤髪が歩き出したところだった。

 闇夜カラスたちはその変な気配を排出するように、みなが一斉にお尻に力を入れた。






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