「…………やはり、おまえが外に出したのか」
さっきまでのニセ貴族のようなしゃべり方を捨てたレイルース様が言った。
やはりって、前からケイティを疑っていたの?!
ケイティはそこで自分の失言に気づいたらしい。
顔色を悪くして唇を嚙んだ。
「ネコが自力で外に出るのは無理だから、ネコを傷つけようとして誰かが出したのだろうと思っていたのだ」
そしてレイルース様はこんなことを語った。
ネコが死にそうになり、再びそんなことが起こらないように防止策を出した。
掃除は二人組で。寝室の掃除はしないこと。
働く者が少ない城で、二階に出入りする人物はメイドくらいしかいなかった。
メイド頭は猫風邪症で、猫が近くにいるとくしゃみ鼻水せきが出て具合が悪くなるので、近づけない。
残りは若いメイドが二人。
もう二度としなければ不問にするつもりだった。
寝室の掃除はしないように言ったが、守られなかった。
今度は目を離さないようにセバスさんと二人で見ることにした。さらにフレスの手も借りた。
しかし、その目をかいくぐって二度目が起こってしまった。
「最初から、やったのはおまえだと思っていたよ」
怒りを込めた低い声に、思わず見上げる。
顔は見えないが、氷を思わせる凍える青白い炎が、立ち上って見えたような気がした。
「この子の名前を知っているか?」
問われて、ケイティは眉を寄せた。
「名前なんてないでしょう? 猫って呼んでたじゃない」
「——そうだろうな。猫に接する者の中で、おまえだけがネコの名前のことを聞かなかったからな。あの猫風邪症のマガリーですら『名前はおつけにならないのですか?』と聞いたというのに」
「だってみんなが猫って呼んでいたから、そう呼べばいいと思って!」
「可愛がって大事にしているものに名前をつけて慈しむ気持ちを知っていれば、猫と呼ぶことに疑問を抱いただろうと思うのだ」
抱えている手が優しく背を撫でた。
安心する感触。
知らないうちにガチガチになっていた体が楽になっていく。
口元がふと緩んだ。
「おまえには退職を命じる。本日中にここから出ていくように。二度と我がベイルラル城の敷地を跨ぐことは許さない。セバス、紹介状は出さなくていいぞ。——第3小隊長、その者が出ていくまで見張っていてくれ」
「承知いたしました」
「はっ! ——ほら、行くぞ!」
「な、なによ! あれは本当に魔物なのよ?! あたしが気づいて追い出してやったのに————!」
魔力が揺らぎ、ケイティは変な格好で固まった。
囲んでいた兵士たちが歩き出すと、ふがふが言いながら連れられて去っていった。
「ネコが無事でよかった……」
ぎゅうと抱きしめられる。
魔法が使えるからそんな簡単にはやられませんよ。
そう思ったけど、なんだかくっつきたい気分だった。
「ニャー……」
「ネコぉぉぉ!! 本当に無事でよかった!! おまえがいなくなったら私も生きていけない。ネコがいるから私はこのベイルラル領にいるんだ。この英雄と呼ばれる私がここにいるのはネコがいるからだ! それはもうネコがこの領を護っているといっていいだろう。おまえは領の守り神猫。領主よりも尊い存在なんだぞ。はっ!
記念碑も祠も神殿も、食べられないしいらないですよ。
相変わらずシモベなレイルース様。
でも、二階から飛び降りてすぐに助けてくれたのはうれしかったな。ちょっと格好良かったし……。
ニャァとすりすり頭をこすりつけると、感極まったレイルース様にぎゅうぎゅうとされた。
◇
その後、フレスはしょんぼりと背中を丸めてわたしの前に現れた。
「あの……だんな様、すみません! ネコも! オレがケイティなんかに預けたから……」
「いや、私も先に言っておけばよかった。たとえメイドにも預けないようにと。確固たる証拠もないのに疑ってはいけないと、フレスには言わなかったんだ。だから、気にしなくていいぞ」
「ニャニャー(そうだよ。気にしないで)」
レイルース様はわたしを片手で抱えたまま、フレスの頭を撫でた。
苦々しい顔をしたエドモンドさんが、となりで腕を組んでいる。相変わらず態度が大きいよ。
「フレスがそんなことを言ったら、悪くない僕まで謝らないといけなくなるじゃないか。まさか猫が屋敷を自由に歩き回れないなんて、思いもしないだろう」
「エドモンド、おまえはこのネコがその辺をふらふら歩いて大丈夫だと思うのか?」
「たしかにもたもた鈍くて危なっかしいですし、部屋の中に見当たらなかった時は焦って探しにいきましたけど……。でも、猫は屋敷のねずみを獲るのが仕事でしょう? 歩き回ってこそでしょうが」
「こんなに小さくてかわいくてのんびりしているんだ。その辺を歩いていたら、おかしな輩に簡単に連れ去られてしまうに決まっているじゃないか!」
エドモンドさんはすごく失礼だし、さりげなくレイルース様も失礼なの。
「ネコちゃん……無事でよかった……本当によかった……」
クラリスはどさくさにまぎれて、レイルース様の腕からわたしを抱き上げた。さすが猫大好き勢。
涙ながらに抱きしめられ、温かい気持ちになる。心配してくれてありがとう。
「ニャーゥ」
「かわいいネコちゃんをあんな目に合わせた者を、わたしは許さないわ……。たとえこの身が暗黒に落ちようとも、復讐を誓う。ごめんなさい、ネコちゃん。悪に染まるわたしを許して……。永遠の苦しみをケイティに。呪いをあの身に。夜の眷属、闇夜カラスよ。その腹に溜まりしモノをケイティに落とすのだ。落として落として落としまくるのだ。落とさなければおまえに呪いをかける。呪われたくなくば、未来永劫、ケイティが出かけるたびにソレを落とし続けるのだ……」
ぶつぶつとケイティに呪いをかけだすクラリス。
そうだ、クラリスといっしょにわたしも呪いをかけておこう。
ケイティが出かけるたびに落とすがいいよ。反省するまで、ずっと落とすがいいよ!
フンを!