次の日はカゴに入れられて、フレスが連れ歩いてくれた。
執務室の内装工事はもう少しで終わる。
完成したらフレスが作業現場に呼ばれなくなるから安心だよ。
仮執務室に従者見習いの二人が揃った時、エドモンドさんが何か言いたげにフレスを見た。
「——内装の作業しているところにまで連れて行くのか?」
「……はい」
フレスの方も何か言いたそうだったけど、最低限の返事しかしないようだ。そして仮執務を出て、執務室へ向かった。
途中、ケイティに会った。
またエドモンドさんのところに行くところなのかな。
「あら、フレスどこに行くの?」
「内装作業やっている執務室、です」
「相変わらず不器用な言葉遣いね。そういえば、今日は塗装するっていってたから、猫様にはよくないんじゃない?」
「あっ、そうだった。ならセバスさんのところに預けに行かないと」
「あたしが連れて行ってあげるわ」
「いや、でも……大丈夫、です。オレが行きます」
「遠慮しなくていいよ。ついでだからね」
ケイティが強引にカゴの持ち手を掴んだ。
フレスは眉根を寄せたけれども、「じゃ、お願いします」と頭を下げた。
ケイティはフレスが部屋に入ったのを見届けてから、わたしをカゴから出して抱えた。セバスさんの執務室って一階だったっけ? 半地下だったっけ?
二階から一階へとおりていく。結構な距離だ。わたしを害したいと思う人が一階まで連れ去ったら、戻れないと思う。
魔法を使わないと階段の昇り降りも怪しいんだもの。
そこまで考えて、ふと気がついた。
わたし、自分で勝手に外に出るとか無理じゃない……?
いくら小さくてまだ訳わからなくて、ふらふら歩きまわっていたとしても。今よりもっとよたよたしていたと思うの。
この広い広いお屋敷を外まで歩くなんて、できるわけがない。
ということは。
あの黒い翼の生き物に襲われた時、自分で外に行ったわけではない……?
誰かに連れていかれた————?
あの時にまだこの領主城にいなかったエドモンドさんが外に連れ出すことはできない。
あたりを見回せば、今まさに勝手口から外に出るところだった。
わたしを抱えた相手をはっと見上げた。
「——いい時にフレスと会ったわ。あんたが部屋の外に出てるって、クラリスがだんな様に報告するって言ってたのよ。いい子ぶってやぁね。そうなってからじゃ、厳しくなるじゃない。今ならフレスに疑いがかかるでしょ。あの子が何か言っても、あたしを信じてもらえるし」
——ケイティ。
あの時。
あなたが、わたしを外に出したのね……。
「目障りなのよね。あんたが外に出ないように、だんな様の部屋に鍵をかけるから。夜に部屋へ忍び込むこともできないのよ。あんたのせいよ。あの素敵な英雄様と、お近づきになれるはずだったのに。わざわざこんな辺境まで来てメイドになったというのに!」
え、だんな様? レイルース様ってこと? え、エドモンドさんは?! エドモンドさんが好きなんじゃなかったの?!
いや、でも、そうか。エドモンドさんが来る前に、一度犯行に及んでいるんだもの。その理由は、エドモンドさんに関係のないことに決まっている。
あれか、『娘を得るなら、まず母親から落とせ』ってやつか。
エドモンドさんと仲良くなって、近くに行けるようになったらレイルース様に近づくんだ……!
すっかりだまされていた。
そんなのわたしが悪いんじゃない! 忍び込もうとするのが悪いよ!
結果、わたしがレイルース様を護っていたというのなら、それはよかったけど!
「あんたが勝手に外に出たように見せかけるために、少しずつ離れた場所に連れておいておいたのよ。その遅い動きのせいで、すごい時間がかかっちゃったじゃない。でももういいわよね。あんたが自分で勝手に外に出たことにされるわ」
一時は本当に不安だった。
自分でも知らない間に移動しているのかもというのも不安だったし、誰かに連れていかれているとわかってからは怖かった。
まさかこんな身勝手な理由で殺されそうになっていたなんて、
「だんな様に近づくのに邪魔なの。今度こそ死んでもらうわよ」
逃げ出そうにもがっちりと掴まれていて、逃げ出せない。
できれば使いたくなかったけど————。
結界の魔法を展開し、結界を震わせた。
結界同士が擦られバチバチという音が飛び散った。
「痛っ!」
手が緩んだ隙に、身体強化の魔法をかけてひらりと飛び降りる。
「この魔物猫! とうとう正体を現したわね! やっぱりあの時に死んでいれば」
「シャーッ!!(魔物じゃないー!)」
憎々しげに見られて、悔しくなる。
あの時、本当に冥界の門をくぐりそうだった。
黒い翼のモノに殺されるところだった。
レイルース様が生かしてくれなかったら、今ごろここにはいなかったよ。
生かす人間がいて、殺す人間がいる。
まさか、ケイティが猫を殺そうとする子だなんて思わなかった……!
今度は結界魔法を下側に展開する。
地面と反発し合う結界に乗って、わたしはタンッと空に浮いた。
「なっ……何よそれ。飛んでいるじゃない……。まさか、本当に魔物なの……?!」
自分で魔物猫って言ったくせにね。
目線が合うほどの高さまで浮いて近づくと、ケイティは顔色を変えた。
「ちょっと近づかないで! やめて! 気持ち悪い!」
「ニャァ」
復讐相手に近づくなと言われて近づかない生き物はいないよ。
さぁて、どうしてくれよう。
結界を尖らせて飛ばせば、含み針みたいにできる。
薄い円盤にして飛ばせば風魔法のカマイターチのようになる。
いやもっと大きい音が鳴るようなやつを————。
結界に乗ったままケイティの周りを一周した。
「ちょっとっ!! やめて! やめてよっ!!」
「カカカカカカカカ……」
「いや————————っ!! 誰か!! 魔物よ!!」
ケイティの声が庭に響く。
今はいい季節。
開け放たれている窓から、助けを呼ぶ声がよく聞こえたことだろう。
「どうしたっ?!」
二階の窓から身を乗り出し、迷いなく飛び降りてきたのはレイルース様だった。
それに続くようにエドモンドさんも降り立つ。
わらわらと他の人たちも出てくる。尖塔の方から兵士たちも出てきた。
「魔物?!」
「魔物が出たのか?! どこにいった?!」
「そこよ! そこにいるじゃない!!」
取り乱してわめくケイティが指を差す先にいるわたしは、当然すでにレイルース様の腕の中だ。
「ニャー」
「魔物が正体を現したのよ! その生き物があたしに襲いかかってきて……!」
「……こんな小さくいたいけなネコが、どう襲いかかるというんだ。今だって、震えながらそこに座っていたのに」
「だまされないでください、だんな様!! そいつは飛び上がってぐるぐる回って凶暴な声を出しながら向かってきたのです!!」
「まさか、ネコがそんなことは……」
そう言って言葉を切ったレイルース様は、心配そうな声を出した。
「いや、だが、そうだな……おまえの言うことが本当だとするなら、なぜそんな危ない魔物といっしょにいたのだ」
「この魔物をだんな様のそばに置いておいたら危険だからです! 危ないからあたしがお屋敷から出してあげたんですよ!」
「なんと……ネコがそのような危ない生き物だったとは……。おまえは前から気づいていたのか? 魔を含むモノがわかる才を持っていると? まるで——聖女のようではないか」
「聖女……。え、ええ。そうです! あたしにはわかったんです。前から危険な生き物だと思っていたんですよ。だから前も外に追い出したんです。あの時は魔物だとわかってもらえませんでしたけど、もうわかりましたよね?」
わたしを抱き上げているレイルース様の手に力が入った。