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第21話 恐怖からの覚醒


 それから時々、フレスは木工細工工房が内装をやっている現場へと行った。

 レイルース様はセバスさんに連れ去られてお仕事中。

 なので、当然のようにエドモンドさんと部屋に残されることになる。


「——わかっているのか? おまえがレイルース様をおかしくしているんだ。そんな耳を伏せて小さくなっても、僕はごまかされないから。レイルース様をも惑わす魔性の生き物め」


 うう……。

 もうずっと、そうやって責められている。

 わたしのせいじゃないよぅ。シモベ様がシモベでレイルース様なのはわたしのせいでは……。


 そうこうするうちにエドモンドさんも呼ばれて、いなくなってしまったりする。

 ここのところ、そんな日があった。

 そしてその度にわたしは寝てしまい、起きた後はその都度覚えのない部屋にいた。

 寝ぼけて歩いてしまうみたい。


 そういえばこの間、わたしがレイルース様のベッドに潜り込んできたって言われたっけ。

 そんなことしてないと思ったけど、もしかしたらしているのかも。寝ぼけて歩いてしまっているんだろうなぁ。


 わたしがいなくなったと思われたら、フレスやエドモンドさんが叱られるだろう。

 場合によっては退職か罰を下されるまであるかもしれない。

 愛が重いレイルース様が不問にするとは思えない。

 わたしが寝ぼけてふらふらするせいで二人が叱られるのは申し訳ないよね。

 急いで仮執務室まで戻らないと。


 廊下を必死に走っていると、三つ編みメイドのクラリスに会った。


「ネコちゃん! どうちてこんなとこ歩いているんでちゅか! 危ないでちゅよ〜。よからぬ輩がネコちゃんを連れ去るかもしれまちぇんよ」


 大丈夫。一番のよからぬ輩はセバスさんの執務室にいるからね。

 抱きあげられてついでに頭の後ろをちょっと吸われたような気がするけど、仮執務室まで連れてきてもらった。


「誰もいないなんて不用心だわ。ネコちゃん、お留守番できまちゅか?」

「ニャー」

「おりこうちゃんでちゅねー。——うーん、扉をちゃんと閉めていけば大丈夫かしらね。じゃぁね、ネコちゃん」


 クラリス、ありがとう! 今日はちょっと遠かったから助かったよ。


 誰もいない部屋を見回す。

 人目がなければ魔法も使えるし好きなことができるのだけど、今はなんとなく心細い。

 誰か部屋にいれば、寝ぼけて歩き出してもつかまえておいてくれるよね。


 レイルース様についていけばいいのかな。

 でも仕事の邪魔をしてはだめだ。セバスさんに苦労もさせたくないし。


 もともとは、レイルース様が猫にかまけて仕事をしていなかったのがいけないんだ。

 毎日ちょっとずつ書類をやっつけていればこんなことには——!

 むくむくと苛立ちが大きくなったので、タンッタンッタンッと三回飛び跳ねると、気持ちが収まった。


 ちょっと寝てまた考えよう——って、そうだよ。寝なければいいんだ。

 寝なければ、寝ぼけて移動しちゃうこともない

 大聖女だったころは魔物門の対応に追われて、何日もろくに寝れない日があったんだから、こんな数時間くらいは寝なくても全然————…………。




 ————寝てた!


 あれ? 揺られてる……。布に包まれて箱か何かに入れられてる……?

 何が起こっているの……。


 恐ろしくて固まっていると、そのうちに揺れが止んだ。

 そして扉の開く気配。

 また少し進んだところで下におろされた。

 何をされちゃうんだろう……。

 じっと縮こまっていると、人の気配が遠ざかっていった。

 詰めていた息を吐き出した。


 最近の知らないうちに移動しているのは、わたしが寝ぼけていたわけじゃなかった。

 誰かに連れられていたからだった。

 なんのために?

 部屋の外に出ると二階の階段近くの客室だった。

 最初は仮執務室のとなりの部屋だったよね。それが段々と遠くなってきているような……。

 そこまで思い至ってどきっとする。


 次は一階へ……? そのうち外に……。


 心臓がひやりとした。

 怖い。外は怖い。


 慌てて仮執務室へと向かう。

 さっきの人物にまた見つかったら、どうなるかわからない。

 早く戻らなきゃ————!

 焦って足が上手く動かないし、仮執務室が遠い。知らず身体強化の魔法を使っていたような気がする。

 いつもの動きよりも速く移動できた。

 仮執務室に入ると連れ去られてすぐだったおかげで、部屋にはまだ誰もいなかった。

 そのうちフレスが戻ってきたのでぺったりとくっついた。


「ニャァ」


「なんだ甘えっ子になって。それにしてもエドモンドさんは、なんでまたいないんだろう。ネコがどこかに行っちゃったらどうすんだ。こんなんじゃ、ネコを任せておけないよな。お手洗いにも連れて行けって言われているのに。現場に連れていった方がいいかな」


 やっぱりフレスは信用できるよ。

 このお屋敷には信用できない人がいる。


 家令のセバスさんは、いつもわたしのことを尊重してくれる。

 メイドのクラリスは、レイルースさんに次ぐわたしをかわいがりたい勢。

 メイドのケイティは、チーズをくれるし嫌がることはしない。

 料理長のジュルダンさんは、いつもわたしのために猫用ごはんを美味しく作ってくれる。

 メイド頭のマガリーさんは、猫風邪症だから近づけない。

 エドモンドさんは、レイルース様をシモベにするわたしを、憎んでいるかもしれない。でもレイルース様の元部下。きっと敬愛する上官の悲しむようなことはしないと思うの。それに従者として働くなら、わたしと仲良くするのが条件だ。きっと裏切るようなことはしない——と思いたい。


 怪しい人はいないよね。

 でも、わたしに何かをしたい人がいる。

 いつの間にか外に連れていかれているかもしれないなんて、怖い……。


 レイルース様が戻ってきてからはそちらにぺったりとひっついていた。

 狂喜乱舞のレイルース様はぎゅうぎゅうと抱きしめながら言った。


「そんな風におとなしくしていると普通の猫みたいだな。ネコがしんなりしているとかわいいかわいそうだ。甘えてくっついてくるのはうれしいけど、かわいそうでかわいい。かわいそう。でもかわいい。あああああ! どうしたらいいんだ!!」


 普通の猫みたいって、まるでわたしが普通じゃないみたいなんですけど!

 あ、いや、そういえば、普通の猫じゃなかったよ。

 わたし、魔法猫だった。

 魔法が使えるのだった。

 まだ上手く制御できないけど。


 本当は、前世の常時展開の自衛結界が使えていればよかったんだけどね。

 あれは魔物に特化した結界だけど、魔獣にもそこそこ効く。あの襲いかかってきた黒い翼のモノは多分魔獣だったから、自衛結界があったなら怪我は軽かっただろう。

 その自衛結界は現世でなくなっていた。

 けど、結界魔法自体は使えるんだよ。他の魔法も使えるし。

 何かあったら、魔法で逃げ出せばいいんだ。

 やだなぁ、すっかり忘れていて無駄に怯えちゃったよ。


 もう大丈夫。やられたらやり返すまでだよ。

 来るなら来い、不審者!






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