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第20話 奇妙なこと


「こんな猫のどこがいいのか」


 そんなのわたしだって知らないですよ!

 鋭い視線になんとなく距離をとろうとすると、体を両手で押さえつけられた。


「おまえにはわからないだろうが、レイルース様はすごい方なんだぞ。魔物をものともせず、単独で魔物門まで行き、そして出てきた魔物を片端から倒していくなんて、他の者にはできない」


 ——その姿はもうヴェルニアの守護神のようだった——。


 そうエドモンドさんは語った。

 ほどんど変わらない表情の中で、唯一ギラギラとしていた目が、うっとりと細められる。


「あの日、僕がいた隊は魔物の群れに囲まれて孤立していた。魔物の群れを相手にいている時、魔物門がもうひとつ開いたんだ。もはやここまでかと諦めかけたところに、魔物の群れをかきわけて来たのがレイルース様だったよ。それから魔法で辺りを薙ぎ払い、剣で核を破壊していき魔物を殲滅した」


「ニャ……?」


 エドモンドさんが語るレイルース様の活躍は、想像がつかないようなことだった。

 魔物をものともしない……?

 魔物は触れただけで、その部分が腐るように黒くなり、そのうち使い物にならなくなる。


 そんな魔物の群れの中に単独で突っ込み、魔物門の前で殲滅するなんて——。

 離れたところから魔法師が魔物の足止めをするとか?

 もしかしたら、こっちの魔物はキンザーヌの魔物とは少し違うとか?

 まったく想像がつかない。


「魔法が違うんだ。レイルース様の魔法は僕たちのものとはまったく違う。鋭い刃のようで黄金の蜘蛛の巣のようで、強く美しい」


 エドモンドさんの焦点はわたしに合ってない。

 完全に意識が記憶の彼方のレイルース様にいっちゃってるよ。


「——だからおまえを相手に、あんな情けない姿になっているのが解せない。こんな子猫相手に……」


 エドモンドさんは机の上のわたしを押さえつけたまま、顔を覗き込んでいる。

 目の前の顔には怒りも恨みもなく、ただ無があった。余計、怖い。

 待って。早まらないで。

 気持ちはわからなくないよ。

 レイルース様、黙っていれば落ち着いた雰囲気の男前だし、お屋敷の内装にたくさんの職人を使ったり、お金の使い方も領民思いで器も大きい。

 それなのに、あんなシモベっぷりを見せつけられたら、失望するより何かの間違いじゃないかと思うよね。

 でも、あれが真実だから。

 目を逸らすの、よくない!

 わたしは何もしていないんだよ。勝手にシモベなんだからね!


 お互い目を合わせ、緊迫した状態のまま数瞬が過ぎた。


 コンコンコンと小気味の良いノックの音が響いた。


「エドモンドさん、いますか? ケイティです。ちょっと聞きたいことが——」


 エドモンドさんの手がはっと離れた。

 わたしはその隙に素早く逃げ、机の下の裏へ隠れる。


 ケイティ!! 助かった!


 目の前から足音が遠ざかっていく。

 息をつめたまま、そこに身を潜めていた。

 そしてじっとしているうちに寝てしまったらしい。

 気付くと箱の中にいた。


 ……ん? あれ? わたしどこで寝ていたんだっけ……?

 仮執務室にいて、エドモンドさんから逃げて、箱が置いてあるところに入って……。

 箱の上にかかっている布を押し上げて、外に出た。

 周りにも箱があったはずなのに、見当たらない。

 え、ここどこ?

 わたし、あの後、どこかへ歩いたんだっけ?


 見回すと頑丈そうな棚があり、布が畳んで詰まっている。

 あ、あそこはなかなか潜むのによさそう。布の中に潜り込みたい。ってだめだ。お屋敷のみなさんが洗って管理している布を汚してはだめだよ。

 どうやらここはリネン庫のようだ。


 出入り口の扉が少し開いていたので、そこから外に出た。

 わたしがいたのは、仮執務室のすぐとなりの部屋だった。

 机の下に隠れた後、移動したのだった……かも。

 覚えてないけどとなりの部屋だし、眠くて寝ぼけながら動いたかもしれない。


 仮執務室の扉は開け放たれていて、中には誰もいなかった。

 ちょっとほっとする。

 日はまだ高いし、長時間寝てしまったわけではないようだ。

 誰もいなかったので魔法を使って机の上にのる。

 開かれたままの植物図鑑を眺めているうちに、フレスが戻ってきた。


「あ、あれ?! ネコ一人……じゃなくて一匹だったのか? エドモンドさんは?」


「ニャー」


 わたしが戻ってきた時にはいなかったよ。

 さっきはちょっと恐ろしい雰囲気を漂わせていたけど、美人メイドと話をして癒されたかもしれない。

 もしかしてケイティとデート中? 相引きとかいうやつ?

 氷の貴公子様も、まじめそうな顔して案外やるね!


 そこに音を立てて扉が開いた。

 フレスといっしょに振り返ると、エドモンドさんが入ってきたところだった。

 思わずどきりとする。

 向こうもわたしを見て微かに目を見開いたような気がした。


 今、驚いてた……?


 元々あまり表情が変わる人ではない。

 変わったような変わらなかったような、微妙なところ。

 今はもういつもの冷え冷えとした雰囲気を漂わせている。

 気のせいかな。


 そろそろ日が暮れる。

 レイルース様も仕事を終わらせてこちらへ来るころだろう。

 わたしはエドモンドさんと距離をとりながら、レイルース様が来るのを待った。






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