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第2部 第1章 1

僕たちは徒歩で公安に向かっていた。

硬いアスファルトの感触は嫌いだ。


ちなみに渋谷という街も嫌いだ。

人が多いから常に意識を集中させなければならない。


まるでシューティングゲーム。

銃弾を放てないシューティングなんておもしろくないだろ?


だからこうして裏道を歩く。

そして、少し離れた後ろを渋谷ロクも嫌いだ。


理由は分からない。

渋谷という苗字つながりだろうか。


見透かしたような目だろうか。

自分だけが不幸だと思っていそうな態度だろうか。


猫背だろうか。服装だろうか。白い肌?

切りそろえられたボブな黒髪だろうか。

分からないけれど、生理的に嫌いだ。


「ねぇ、車ないの? 歩きたくないんだけど」


けだるい声で問うてくるロク。

僕は後ろも見ずに答えた。


「運転なんて無理。リスクしかないよ。一日に何件事故あるか知ってんの?」

「タクシーとは言わないけど、せめてバス……」

「バスだからと言って油断しちゃいけないよ。死亡事故は……」


歩いている途中、視界がぼやけてきた。

これは……低血圧だからじゃない。


動機が激しくなり、首から肩にかけて痛みが襲う。

苦しい。息ができない。バリバリとしたノイズが頭の中を襲う。


こんなに苦しいのに、僕は今、何故ここにいるんだ?

僕は誰だ? 一瞬で、水の底まで落ちたような感覚だ。


「はぁはぁ」

「息切れ? つか、汗すごいけど」


心配そうな声音が背中にかかる。

電柱が見える。青い空の切れ端が見える。


葉のない枝が落ちている。小さな石が落ちている。

ゴツゴツとしたアスファルトに視線が落ち、僕の汗が一滴、落ちた。


秋の朝だ。

暑さにやられた訳じゃない。


そう、僕はこれのせいで車の運転ができない。

公共機関もなるべく避けたい。


「ここで……待ってて」


僕は冷や汗をぬぐって路地裏に入った。

まず、フルフェイスのヘルメットを脱ぐ。


錠剤を取り出し、少量の水で喉に流し込む。


叩くように壁に手をつき、倒れそうになるのを必死に堪える。

渋谷の汚い空気を吸い込み、長い時間をかけてゆっくりと息を吐く。


ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。

これは出産の呼吸だ。


手の震えもおさまった。

ようやく、ノイズが晴れて、静寂が耳に入ってくる。


飲み下したのは、かなり強い麻薬だ。

突発痛が、わずか数分で消えていく。


一息つき、路地裏から出た瞬間。

お迎えしてくれたのは――。


ロクの鉄拳だった。


セコンドも絶賛するであろう素晴らしいストレートパンチは――。

僕の鼻から赤い花を咲かせた。


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