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第2部 第3章 1 真相 

まず、感じたのは換気扇の音、それから妙な薬品臭だ。

目を開けると、コンクリートの天井と暗めの照明が見えた。


上体を起こして周囲を確認する。

窓はなく、防音されているのか外の雑音もない。


整理整頓とはほど遠い部屋は、PC、薬品、試験管、ガジェットやガラクタに溢れていた。

出入口のドアは一つ。


車など外部の音がしない。

ただ空調の音だけが流れていた。


まさか地下か?


視線を下げて両手を見る。

手足や腹部には、包帯が巻かれていた。


慣れない枕だからか、頭痛に目を細めていると、ドアが開いた。


「ハロー、です」


現れたのは、先ほどまで下水で取っ組み合いをしていたナナナだ。

時間の感覚がないので、本当に「先ほど」かどうかは分からんが。


ナナナはPCのゲーミングチェアに腰掛けると、くるりと回ってこちらを向いた。


脚を組んでいるが、色気というよりまだ幼さが勝る。

ピンク色のツインテールを指で弾き、ニンマリとした顔でこちらを見ていた。


「どゆこと?」

「あなたはトゥルー・エンドルートに突入したのです」


ぱちぱちぱち。


「意味が分からない」

「あなたは合格したのです。篠崎五郎さん」

「だから、説明しろよ」


うんざりして肩を落としたところで、ナナナは急に立ち上がった。

PCに備え付けられた照明を背に、逆光で顔がよく見えないが、すごみがある。


「実は私たちはワクチンを製造できていません。あなたたちが盗んだものは偽物です」

「は?」


あまりにも予想外なセリフで――。

俺は反射的に声を漏らしていた。


気にせずナナナは続ける。


「私もワクチンが欲しいのです。でも、ワクチンは、ある金持ちの集まりが独占していると考えています」

「金持ち?」

「はい、アメリカ在住の金持ち三人。三人合わせて総資産五兆円超えのオバケ大金持ちです。三人は自分たちを『図書委員会』と呼んでいました。隠語の一種ですね」


「……」


正直、急な話すぎて言葉が出ない。

だが、違和感もあった。


だから続きの言葉を促す。


「……続けろ」

「そもそも今世界を襲っているウイルスは、その『図書委員会』が人為的に作ったものです」

「コロナの時もそういう話は出たな」

「陰謀論みたいですよね。でも真実なんです。私はその『図書委員会』に喧嘩を売りたいのです。何が何でもワクチンを入手して、世界を救うのです」

「……」

「しかし、あまりにも巨大な力を持つ三人です。立ち向かうとなれば、相応のリスクがあります。倫理観、責任感、頭脳、度胸、すべてが揃った仲間を集め、私は巨悪に立ち向かう必要がありました」

「ま、まさか……」

「そうです。これはテストだったのです」

「ざけんな! まさか……タツさんも?」


右手をベッドの端にぶつけ、その激痛に顔を歪める。

そんな俺を落ち着かせるように、ニッコリ笑顔を返すナナナ。


「ふ、ふざけんな! 俺がどんな気持ちでタツさんの話に乗ったと思ってるんだ!」

「落ち着いてください。タツさんの過去話は本当ですよ。ウイルスのせいで娘を亡くしています。だから私の仲間になった訳ですし」


以前、タツさんが「信頼」について語ったことがあった。

あの渋い顔、渋い声で「俺は、こいつには裏切られていいって思って誰かを信じるんだ。そうだろう、人間は誰でも裏切る。期待なんざしないがいいのさ」とか何とか。


完全に伏線じゃねぇか!

俺は許さねぇからな!


タツさん、今頃どっかで笑ってやがるな!

会ったら一度はぶん殴ってやる!


「つか、テストだったらこんなケガ負わせなくたって」

「そうですね。今回は私も命の危険感じたので反撃させていただきました。ですが浅く斬りましたよー?」

「嘘つけ! めちゃくちゃ痛かったぞ!」

「私が人殺すの大好き! とかも嘘でーす」


意味が分からなさ過ぎて頭が重い。

それでワクチンを高額で売る理由を尋ねても「何ででしょうね?」とか抜かしてたのか。


からかわれたのではなく、そこまでは考えていなかっただけとは……。

設定の不備、そう考えれば、確かに腑には落ちる。


まだ高揚する全身を深呼吸で閉じ込める。

冷静になれ。


よくよく考えれば、これは俺がロクにしたことでもある。

因果応報、自分を納得させろ。


感情に振り回されるな。

熱が冷えていくように、徐々に普段を取り戻す。


まだぼやけた視界、鈍い頭でナナナの目的を考える。

彼女の本当の目的は何なのか。


あぁ、そうか――。


「目的は……まさか、ロクか?」


ナナナが指を鳴らした。


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