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第2部 第3章 3 

俺の話に、ナナナが噴き出した。

要約するとこうだ。


① 偽物でもいいので、公安特別捜査課を設立する

② その公安特別捜査課が「ナナナを追いたい」という理由でロクをスカウトする。

③ しかし、実際はゼロ博士の資料をロクに見せて探させる。

④ ゼロ博士を見つける方法を思いつかせた上で、ロクを解雇する。

⑤ 手切れ金を渡して終わり。


ロクだって、人助けでお金がもらえるならきっとやる。


「頭脳だけ借りるってことですね。ククク。やはりあなたおもしろいです。仲間にした甲斐がありました。その案、採用です」

「ちなみに国家権力動かせる?」

「ツテはあります。『図書委員会』の三人ほどではないですが、うちも金持ちなので」


パンパン。


ナナナが手を叩くと、ドアが開いて一人の男が入ってきた。

長身の男はダークスーツを身にまとい、咳き込みながらの登場だ。


「品川ジュウ。ナナナの双子の弟」

「双子なの? 似てないな」

「よく言われる」


ナナナはジュウの足を蹴る。


「いった!」

「初対面ですよ、もっと丁寧に挨拶しなさい」

「お前が言うかよ。お前、初対面の時に銃向けてきてるからな!」

「まぁ、いいでしょう」

「よくねーし」

「仲良くしてね」


姉貴に尻叩かれて作った笑顔は、しかし、好青年だ。


「そういう挨拶はよしてくれ。俺はこれ以上、お前ら姉妹に関わりたくねぇ。これが終わったらオサラバなんだからよ」

「僕はあなたに興味ありますけどね」

「え? 俺の尻をを狙ってる系?」

「ははは」


ごまかして笑うだけかよ!

え? 本気じゃないよね?


「日本入りしている信頼できる味方は、この弟のジュウだけです。ジュウを特殊捜査課の捜査員ということにしましょう。まあまあ優秀ですし」

「まあまあ、は余計だよ、姉貴。そりゃ姉貴と比べればスペック見劣るかもだけど」


ということで、ナナナの弟ジュウが公安を装い、ロクに接触。

ゼロ博士を呼び出す『尻肉男爵』という性風俗店を作るに至った。


さすが渋谷ロク。

ゼロ博士の発見も一時間足らずだ。


「ぎゃはははははははははっ! 尻肉男爵っ!」


ナナナはずっと笑っていたが、俺はちょっと引いた。

ナナナもロクも異常だよ。俺も同類とか嫌なんだが。


そんなこんなで、作戦決行前夜――。

『尻肉男爵』の看板を点灯させ、地下基地に戻ってきたジュウがベッドにダイブした。


地下なので時間は分かりにくいが、スマホを見ると二十時を過ぎていた。


俺はキッチンで作ったチンジャオロース三人前をテーブルに並べた。

ナナナは、銃の調達とかいって出たきり、まだ戻ってきていない。


「まるで主夫だね」

「エプロン姿、似合うだろ?」

「姉貴ほどではないけど」

「シスコンいいねー」


茶化してる訳ではなく、兄弟がいなかった俺には羨ましい感情だ。

お腹がすいているのか、ジュウは起き上がってパイプ椅子に座った。


間近に見て思う。


白い肌に黒い髪。

ナナナの弟とは思えない高身長だが、顔の作りは姉弟であることを物語っていた。


ご丁寧な作りすぎて、嫉妬も感じやしねぇ。

突き抜けるとはそういうことだ。


ジュウはがっつくように晩飯を平らげると、食後のコーヒーを飲んでまたベッドにダイブした。

ここはナナナの部屋だし、ナナナのベッドだが、いいのだろうか。


「せっかく姉貴のいい匂いだったのに……何か中年臭くなった?」

「お前の姉貴が、俺を寝かせてたんだから仕方ねぇだろ」


俺は食器を片しながらジュウと会話を続けた。

それにしても、ダウナーな雰囲気とはギャップがあり、意外としゃべるヤツだ。

特に好きなアニメの話を振るのは止めたほうがよいと分かった。


「あー。ダルい。猫になりたいなー」

「ジュウくん、もしかして、社会人経験ないの?」


壁看板、置き看板、設置するだけの簡単なお仕事だ。

こちとら、慣れないフォトショで尻肉男爵のHPや、看板デザインを作ってたんだぞ。

それくらいで猫になりたいなんざ、聞き逃せない言葉だ。


「社会人経験? ないよ。大学中退してからはバイトもしてないなぁ」

「金持ちっていいね」

「そういうのじゃなくて……僕は感染者なんだよ」

「え? きみも? じゃあ、頭いいの?」

「下振れしたほうだよ。来年の今ごろには死んでるだろうね」


瞬時にして通夜みたいな空気になった。

それを切り裂いたのは、ナナナの豪快な帰還だ。


「見てください! すごいですよ!」


アイスのあたり棒をやたらと自慢された。

俺から見てもお前は宇宙人だよ。


暫くして、作戦会議が始まった。


「ゴローさん、あなたはボーイとしてこの服を着てゼロを店内に案内してください。必ず前を歩かせ、店内に入ったら後ろ手で鍵を閉めてください」


すでに今日の午前、現地の下見はしておいた。

見取り図を眺めながら当日の流れを想像する。


「閉じ込めてどうする?」

「武装制圧です。銃を突き付けて脅します」


そう言うと、リュックから拳銃を取り出した。

姉を称賛するようにジュウが手を叩く。


「さすが姉貴」

「誰でも考え付く案だろ」

「対案でもあるんですか?」


そう問われて考えてみるが、一番いい案な気がしてきた。


「いや、シンプルでいい気がする」


俺は手渡されたスーツに着替えるべくシャワー室を借りた。

ぶっつけ本番じゃ何が起こるか分からない。


なかなかにキマっていると思っていたが、姉弟には大爆笑されていまった。



作戦決行日。

ゼロ博士がとった二十二時の予約の一時間前から、ナナナとジュウは事務所に入った。

今ごろ、防弾チョッキと銃で武装し、待機しているだろう。


ヘルメット内蔵のヘッドマイクでやり取りしつつ、俺は店外に立つ。

ボーイとしてゼロを案内する役だ。


まさかの飛び込み客に驚くが、ゼロは少なくとも日本人ではいと聞いている。

俺は「今は空いてないんですよねー」と対応した。


世の中の性癖はなかなかのもんだな。

俺も人のことは言えないけどよ。


二十二時に近づくと緊張が高まる。

だが、それらしき人物は現れない。


まさか、作戦失敗?

そう思って顔を上げたら――。


長身の白人男性が立っていた。

ジュウと同じくらいだから百八十センチは超えている。


鈍色のヘルメットにアロハシャツのその男は「予約していたジャンです」と偽名を名乗った。

中で待機するナナナやジュウにも聞こえるよう「お待ちしていました~」と元気に返事する。


「最高の尻穴用意してるんで」

「期待しているよ」

「流ちょうな日本語ですね」

「日本好きなんでね。寿司、うどん、尻穴、大好きよ」

「私もですぅ」


適当に返した代償として尻触られた。

舌なめずりする眼光がヘルメット越しでも鋭い。


「も、もっとすごい肉用意してるんで。ささ、どうぞ」


事前の打ち合わせ通り、ドア前までは誘導しつつ、翻ってドアを先に潜らせる。

まずはL字の暗い通路。

雰囲気を出すために流している低音ガッツリのクラブサウンドが耳を圧迫する。


ゼロ博士は興奮で鼻でも膨らませているのだろう。

先導するまでもなく、足早に通路を曲り、ドアを開けた。


そして、目の前に広がったのは――。

――ただの空きオフィス。


「え? 尻肉男爵は!」


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