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第2部 最終章 1

ジュウから二百万円を手に入れた私、渋谷ロクは――。

帰り道、スマホのアプリを起動した。


ダークウェブで入手した盗聴アプリだ。

スマホからジュウの会話が聞こえてくる。


そう、私は特殊捜査室に「盗聴器」を仕掛けていた。

二百万円で手を打ったのは、オッサンを諦めたからじゃない。


最初から、私を利用して途中で切る可能性は考慮していた。

だから、すんなりと要求を受け入れるふりをしたのだ。


それにしても……。

盗聴器の位置がよくないのか、スマホから流れる声は聞き取りづらい。


私はスピーカーモードにした上で音量MAXにして耳に押し当てた。

会話の中で、ジュウがナナナを「姉貴」と呼んでいることが分かる。


「……あいつら姉弟なのかよ」


私は驚きといより、落胆する。

それが事実なら、このワクチン強奪計画自体が罠であった可能性が高い。


「随分、前から踊らされていたみたいだな」


本来であれば、怒るべきだろうか。

だが、そんな感情をすっとばして、あまりに大がかりな罠に感心してしまった。

それから、次に、振り回された徒労感、気づけなかった自分への落胆が襲ってくる。


つまり、ジュウの目的は、ナナナの捜索や確保ではない。

特別捜査室というのもデッチ上げかもしれない。


私は肩とアゴでスマホを抑えつつ、目の前の坂をくだった。


家に帰り着いた後も盗聴器でジュウの動向を探る。


「ゼロ博士……」


ジュウが度々口にした単語。


ナナナがワクチンを作れておらず、真の目的はワクチンを作ること。

世界に蔓延するウイルスを作った図書委員会という存在。


そのウイルスの開発者であるゼロ博士を探す必要があること。

そのすべてが明らかになっていった。


そして、分かったのは、私を利用して捨てるアイディアはオッサン発ということ。

無事で何よりだ。


大方、ナナナの本命が私で、オッサンは私を巻き込まないように今回のアイディアを出したということか。


どこまでもカッコつけで笑ってしまう。


ジュウ、いや、ナナナは、渋谷ロク――つまり、私の頭脳を使ってゼロ博士を探させたのだ。

目的が、動機が善であれば、過程の悪は許されるのか?


そんな問いが脳裏を過る。

でも、そんなことはもうどうでもいい。


仮にウイルスが蔓延し続けようと、ナナナという救世主がワクチンを完成させようと、今の私にはどうでもいい。


そこは世界側の問題だ。

今の私にとっての第一番事項は――オッサンだ。


この目でオッサンの無事を確かめる。

食べきったカップ麺を流しに突っ込み、この先どうやってオッサンに接触するか考える。


恐らくこのままジュウの行動を追えば、オッサンを見つける手がかりになるだろう。

ゼロ博士を囲い込む『尻穴男爵』で待ち伏せる、とか。


その場合、銃撃戦になる可能性もある。

私はあらゆる状況に備えるため、秋葉原の裏路地から入れるビルにある秘密の店に入った。


「ガソリンの匂いは芳香族炭化水素などの化学物質ブレンドで作れる。トルエン、キシレン、ペトロリウム系の香料もよいかもな」


つい考えていることが言葉に出てしまう。

クセだから仕方がないが、盗聴されているとマズい。


声のトーンを落としてごまかす。


通常のネットでは買えないような薬剤も買える店だとか。

渋谷の情報屋、長老からの情報だ。


店内は小汚く狭い。

秋葉原の裏路地にはよくある店に見えた。


店主はどこにでもいるオジサンだ。

白髪交じりの無精ひげを生やした短髪の中年。


「お前みたいなガキにゃあ売れねぇよ」


鋭い目ですごむオジサンだが、気おされない私に片眉を上げた。


私はパーカーのポケットから札束を取り出した。

ドン、と百万円を積む。


「何が欲しい?」


損得で動く人間で助かった。

端的に欲しい薬品を伝えると「全部在庫はある」と言いながらバックヤードに向かった。


その背中を見ながら思う。

こんな子供に危険な薬品とか売るとか、どんな人生歩んで、どんな価値観を持つようになったのだろうか。


そこには、挫折、苦しみ、割り切り、色々なことがあったのだろうか。

はたまた何もなかった故なのか。


これまではそんなことは考えもしなかった。

多分、考えようとしなかった。


善悪の区別がない世界で、損得とスリルだけの世界に生きてきた。

世界が広がったような、視界が広がったような感覚に少しだけ心臓が高鳴る。


世界をもっと知りたい。

正しくありたい、善くありたい。


いや、もっとシンプルに。

かっこよくありたい。


それは、何だか悪い気持ちではなかった。

私は必要な薬品を買い上げると、薬品臭い店を後にした。


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