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第2部 最終章 2

特殊捜査課やジュウの私物に取り付けた盗聴器の内容を聞きながら、次は別のアプリを起動する。地図アプリに映されたのは……ジュウのGPS位置情報だ。


ジュウの服に発信機もつけていたのだ。

だが、ジュウも阿呆ではない。



発信機に気づき、握りつぶす。

――が、それは予想通り。


発信機を疑う可能性は考えていた。


見つけにくいところにもう一個、発信機をつけていた。

一個見つけて処理すれば、安心するだろうと踏んだ。


案の定、ジョウは発信機をつけたまま外出する。

恐らく部下に電話して、ゼロ博士を呼び寄せる物件を決め、現場に向かう。


ゼロ博士を罠にはめる決行日は、明日の夜らしい。

表に出す看板とかして、店の偽装を行うのだろう。


私は待ち時間の間に、ガソリンの香料を作る。


「くっさ!」


我ながら完璧すぎて吐きそう。

空のガソリンタンクに、匂いだけの偽ガソリンを注ぎ、お気にのリュックに詰める。


準備が整い次第、ジュウが抑えた予定物件に向かう。

場所は高田馬場だ。


渋谷から近くて助かる。

実は高田馬場で店舗型風俗の目立った営業は、あまりない。


派遣型風俗ではデリヘル、ホテヘル、出張型の風俗エステがあるが、こちらも少なめ。

理由もあるのだろうが、特に駅近辺が規制された影響だろう。


そんな外れの街だからこそ、ゼロはほぼ足を運んでいない。

実はそんな中で性癖直撃の店があるというのも、妙な説得力を持つ。


店名は『尻穴男爵』らしい。

オッサンの命名か?


クソダサで笑えてくる。

ジュウたちは『尻穴男爵』の偽HPやSNSアカウントも作っていたが、感想は「おげぇ」見なければ良かった。


ちなみにSNSはすでにフォロワー数が一定数いるものを買い取っていた。

抜かりがない。


渋谷から高田馬場まで山手線で電車一本。

うとうとする暇もなく、現場に到着。


さかえ通りの奥の路地を曲がって更に路地。

一見すると緑色のただのマンション。


位置的に二〇三号室。

私は階段近くの死角に座り、会話や物音で状況を確かめた。


ジュウが偽装看板の設置を終え、口笛吹きながら螺旋階段をくだった後――。


私はぬるりと建物の影から飛び出した。

幸いなことに、人目が付きにくいビルの二階だ。


螺旋階段を上り、突き当りのドアの前に立つ。

商店街の喧騒に、カンカンという音が鳴り響く。


夜の静けさが、街を包む中、一つ深呼吸。もう一つ、もっと深めに深呼吸。

ぬるい空気が、ヘルメットの循環器を通して肺を満たす。


何者かが来た時、すぐ対応できるよう、周囲の音に神経を集中させる。

キーピックの難易度はドアのメーカー、構造、セキュリティに影響される。


デットロックやシリンダーロックより、レバーロックやチューブラーロックが難しい。

目の前の鍵は、幸いシリンダーロックだ。


ピッキング防止ピンもセキュリティピンもない。

まぁ、普通はそんなもんだ。


私はパーカーのポケットからピッキングツールを取り出す。

鍵穴内部のピンが四つのタイプだ。


ピンはだいたい四~七個で、セキュリティが高い鍵はそれ以上のときもある。

つまり、四つなんて楽勝。


私は久々のスリルに舌なめずりする。

トクン、跳ねる心臓を抑え、ピッキングツールを挿し込む。


テンションウエンチとピックを使い、ピンを操作、適切に押し上げていく。

まずは一個目のピン。


二個目、三個目と進めたところで――斜め上から金属音がする。

三階の人間が螺旋階段を降りる音だ。


大丈夫、ここは奥まっていて死角になっている。

物音さえ立てなければ気づかれない。


だが、二階に用があるとすれば?

嫌な想像、最悪の可能性も、心臓を高鳴らせるスパイス。


漏れそうになる笑いを抑えながら、各ピンを正しい高さに押し上げる。

四個目――。


最後のピンをシェアラインに沿って一列に並べると――。




カチャリ――。



脳が痺れる。

やはり、どうあれ鍵開けは別格だ。


いくら生き方を見つめなおそうと、数日もすれば禁断症状が現れるかもしれない。

いつの間にか息を止めていたらしい。


都会の薄汚い空気を大きく吸い吐いて、軽い感触のドアを開ける。


キィ。


ヘルメットのヘッドライトをつけると、L字の狭い通路が見えた。

なるほど、性風俗店的なアングラな雰囲気がある。


更にその奥、ドアを開けると、何の変哲もない事務所が広がっていた。

もともと会社だったのか、目算でも三十畳以上はあってそこそこ広い。


机や椅子は残っているが、久しく使われている様子はない。

公安、もしくはナナナの隠れ家か何かだろうか。


リュックからガソリン缶を取り出す。

ヘッドライトを床に置き、改造スタンガンの最終チェック。


「ふぅ……」


一息ついて、周囲の音に耳を傾ける。


ジュウがこの場所を選んだ理由が分かった。

防音が完璧だ。外の音などまるで聞こえない。


恐らく百ヘルツクラスの防音だ。

壁を叩くとコツンと鈍い音がする。


一発の発砲程度なら誰も気にしない程度か。

よほど、ナナナには勝算でもあるのだろう。


ちなみに私が選んだ机は、入口から最も近い位置だ。

仮にゼロをこの部屋におびき出すことができたとして、直ぐ騙されたと気づくだろう。


つまり、ゼロに最も近い位置が入口付近なのだ。

逆にナナナが待ち伏せするとすれば、銃射程内の奥側だろう。


そして、入口の死角にジュウが銃で狙う。

挟み撃てば、狙われた者はどうしようもない。


文字通り「お手上げ」という訳だ。

だが、私は思う。


その作戦では不十分だ。

ゼロは必ず切り札を持っている。


SNSで並べていた意味不明な詩。

あれは暗号だ。


自らの遺伝子をイジっている。

明らかに倫理、法律を無視した行為であるが、誰かに言いたい。


その衝動から暗号化して流布していたのだ。

人間らしいバカなスキで笑ってしまう。


そこで、私がジョーカーになる。


私は机の下で毛布にくるまって目を閉じた。

オッサン、案内のボーイ役をやるらしい。


顔の彫りは深いので、意外とスーツは似合いそうだ。

似合っていたヒゲは剃るのだろうか?


相変わらずバカなことばかり言ってそうだ。

そんなことを考えているうちに、私は深い眠りについた。


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