「──ねえ、私の格好、変じゃないかな」
花柄のドレスを着こなす女性が、その場でクルリと回ってみせる。
「もうさっきから何回言わすのさ。君は十分に素敵さ」
黒いタキシードで決めた男性が、煙草を携帯灰皿でもみ消し、女性の手を取り、優しく抱き止めた。
「うーん、もう一度、尻尾を揺らして、愛してるって言ってみて」
女性がドレスの後ろ側から、猫のような細く尖った尻尾を出す。
「ああ、愛しテール」
男性も同じように、太くてフサフサな尻尾を後ろから出し、二匹はお互いにそれを振り続けた──。
****
「──うーん。良かったね。今回の新作映画も。アクションも推理ものも燃えるけど、やっぱり人間は、恋愛映画を観て楽しまないとね」
「あははっ……ラブコメサイコロー……」
白いノースリーブワンピースを着た
人と人を繋いだ正統派な恋愛劇として観ていたら、実は犬と猫同士の動物奇想天外な関係で、最後は人間の格好をして、仲良く尻尾をフリフリして終了。
制作費の都合か、気になるその後のエピソードもワンシーンもなし。
これは泣けると見せかけ、笑いを狙ったコメディなのか、それとも遊び心から空想した悪ふざけなのか、そもそも何で人間ドラマじゃないのか……。
二人して映画館から出てきても、正直、僕には理解に苦しむ映画だった……。
「何か大丈夫なの。顔色悪そうだけど?」
「ははっ、昨日、中々寝付けなくてね」
「駄目だよ。少しは眠らないと……。眠れなくても、目を閉じるだけでも効果はあるんだから」
一体、誰のせいだよ。
夜遅くまで山のようにLI◯Eを送ってきて、どの映画が好みかな? とアピールされたら。
それに夜中にホラー映画やらゾンビ映画などの話をしてきたら、寝ように寝れないよね。
しかも今日観た映画は要望で一致した恋愛ジャンルじゃなかったよね。
俳優や女優の演技もぎこちなかったし、物語の表現がずさんで、恋愛ものどころじゃなかったし……。
「あのさ、秋星が観る映画って、毎回ちょっと個性的だよね。それにネット予約もせずに、チケットもその場で買うし、何かこだわりとかあるの?」
ネット予約にした方が好きな席が選べるし、割り引きもされてお財布にも優しい。
秋星の心の内を知りたい一心だった。
「うーん、強いて言えばスパイスかな」
「スパイス、香辛料みたいな?」
「決めては塩コショウだけどね」
「あははっ……」
僕は引きつり笑いをしながら思った。
次女の
三女の
四女の
それでもって、答えにすらなってない、この娘の天然素質。
「ねえ、
「えっ、うっ、うん。とても面白かったよ!?」
僕は極めて冷静に返事をするが、胸の高鳴りは勢いを増している。
悩みが絶えない洪水で決壊しそうな僕の堤防。
「ホントに? 無理してない?」
「らっ、らいじょうぶ、ラムネード!!」
こんな純粋な娘に、『お前の選んだ映画、面白くね、センス全然ないだろ』とか、
『お笑い芸人になって、人生百八十度変えるしかねえぞ、この小娘、ふざけんじゃねーぞ!!』とか本音で言ったら、ショックで傷付いて人間不信になりそうだし……。
ああ、女の子の扱いって、平常運転でも想像以上に難しい。
でも、一学期の期末テストも終わり、親父も海外に戻ったし、今日は久々に羽を伸ばせるんだ。
親父から帰り際に、『もっと姉妹と仲良く過ごさないと……』という心(呟き)を読まれ、それならばひきこもりを一時休止にして、四姉妹それぞれと向き合い、アクティブにと行動した結果がコレだよ。
「こんな時に
「ふっ、そのアドバンスという俺の登場だぜ」
その賢司が運良く物陰から現れてくれた。
これだからストーカー気質は違う。
「いや、必死に悩んでるのに、前に進むとか無謀だし、そもそもアドバイスだし……」
「何だよ、アドバイスやらアドバンスやら。肉じゃがと鶏じゃがみたいに似たようなもんだろ」
「おばあちゃんの知恵袋みたいに言わないでよ!!」
今日も絶好調な賢司を見ると、頭が痛くなってくる。
考えすぎによる偏頭痛かもね。
「まあ、それよりも俺を召喚したのも、悩みがあってのことだろ。このお兄さんに話してみ?」
いや、僕は召喚士でもないし、今回も最初から僕らをつけていたよね。
体格大きいタイプだし、電信柱の影なんかで身体隠れきれてないからね。
「賢司ならさあ、四姉妹の中で好きな子を見つけて、結婚するとしたらどうする?」
「そうだなあ。結婚が全てじゃないからな。別に四姉妹じゃなくても、他の人との出会いがあるかも知れないぜ。縁ってそんなもんさ」
「えっ、それって?」
賢司のそんな大恋愛を経験して、晴れてパパになったのと思わせぶりな言葉に、僕の心にも温もりが広がる。
暑い夏には不要な想い出かもね。
「まあ、当たって粉々に砕け散れって感じだな」
「あははっ、粉々に散ったら終わりでしょ」
ダイナマイトじゃあるまいし、恋心がそんな感じで散ったらと、想像しただけで身震いする。
失恋した時には気軽に使えそうなチートスキルでもあるけど、何もかも忘れて新しい恋をするにはリスクが大きいよね。
人は恋に敗れて経験を重ね、新しい人を好きになり、いつかは人生のパートナーと巡り合うのだから。
そのいつかは、恋愛の神様以外は誰にも分からないけど……。
「志貴野くん、さっきから物影でどうしたの?」
「ああ、ごめん。ちょっと親友と話しててさ」
「親友って、どこにもいないじゃない?」
「えっ、何の冗談だよ。賢司ならここに」
「……ねえ、賢司くんって誰?」
僕は秋星の発言に耳を疑った。
彼女はこの機に及んで、冗談を言っているのか?
そう気付いた頃には賢司の姿はどこにもなかった。
アイツ、ウ◯ーリーを探せじゃあるまいし、電信柱というスポットから離れて、どこに隠れてるんだよ?
僕らを気遣っても、二人っきりにしても、三次元女子との恋への進展はないよ。
あの日から僕はあの子だけを、一途にずっと見ているから。
あれ、この胸がチクリと来るような記憶は何だろうね……?