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第54話 まるで初めから春子という、四女などいないかのように……。

****


 ──僕はベッドに寝ていた。

 どうやら、また変な夢を見たようだ。

 見知らぬ小綺麗なベッドと、特有の消毒液の匂いからして、ここはどこかの病室かな。


「さてと、呑気に寝てる場合じゃないな。さっさと起き上がって、やるべきことをしないと」

「よっこいしょっと」 


 いつの間にか室内は、電灯がついてるし、窓の外は夕暮れになっていて、沢山の光が広がっている。

 自然の明かりが減っていき、人工的なネオンの光源。

 ここは僕の知ってる町の空じゃないよね。


 今の状況が、よく理解できなかったけど、ずっとここに居たら、いけない予感がする。

 そう、本能が告げていた……。


「あれ?」


 足を動かそうと、懸命に踏ん張っても、まるで、石化したみたいに反応がない。


「……足が動かない」


 いや、見えない何者かに固定された様子で、下半身だけが麻痺したような感覚かな。


 今日の昼食に毒でも盛られた?

 でも大人数の給食のおばちゃんが作る病院食に、毒を入れる隙もないだろうし、薄味の味付けだから、盛られてると、すぐに分かるはずだよね。


「だったら、強引に足を動かして」


 僕は本能のままに、上半身をひねった。

 腰から上は動けるということは、金縛りじゃないね。

 あれは幽霊騒ぎじゃなく、頭が起きていても、体が眠っていて、動きがとれない現象だから。


 ……と考え、思いっきり、体を動かした瞬間……、


「うわあああー!?」

『どんがらガッシャーン!』


 ……誤ってベッドから転がり落ち、リノニウムの床を滑り、廊下側の窓際にある壁に、ぶつかって止まる。


「イタタタ。這いつくばることもできないなんて……」

『ウオーン、ウオーン!!』


 一人もがきながら、芋虫として移動しようとしても、やっぱり腰から下はビクともしない。

 腕だけを使っても、上手いように進めず、早くも息を切らす中、大きなブザー音が室内に鳴り響く。


「ヤベエ、この部屋の誰かが、ベッド上のナースコールのボタン押したな。このままじゃ、またベッドに寝かされてしまう!?」


 またリセットされて戻されても、この僕の体力では二度と、このような真似はできないだろう。


 チャンスは一度きり。

 力技が駄目なら、元からない頭をフル回転させて……って頭ないなら、一緒じゃん。


『──なっ、何ごとですか!?』

『ええ、また例の人物よ。早く捕まえましょう。じゃないと、退院どころじゃないわ』


 適切な会話を済ませ、廊下をバタバタと走ってくるナースらしきの声。

 複数来てるということは、まだ交代の時間じゃないのか?


 だけどすぐに、ここへ駆けつけることができず、当直室からも離れてる部屋のようだ。

 その二つの情報が知れただけでも、好都合だよ。


「くっ、こんなことをしてる場合じゃないんだけど……僕の体はどうなってしまったんだ?」

「無駄だよ。君は大怪我をして、自力ではどうにもならないんだから」


 僕の顔の前にしゃがみ込み、突然、意味不明な説明をされても困るよ。


 床に伏せた顔を上げると、ショートヘアな銀の髪で微笑んでいる、高校生くらいの男子がいた。

 松葉杖をワキで支えて、フレンドリーに問いかけてくる様子から、どうやら同部屋の患者さんみたいだね。


「き、君がナースコールを!?」

「まあね。美人な姉ちゃんたちに、下の方まで手厚く介護されるんだな」

「うぬぬ。余計なことを」


 成人向けビデオじゃあるまいし、献身的に介護されてるのに、興奮するシチュエーションの方がおかしいよ。


 この男の子は、それ系なビデオの見過ぎで、考え方が異常なのか。

 あれは嘘で塗り固めて、編集した偽物染みた内容だし、真実を知ってる人間ならヒクよね。


「まあ、床でのたれ死んでも、夢見が悪いしな。ほら、肩を貸してやるからさ」

「ありがとう」


 男の子が差し伸べた手を握り、遠慮なく片手で引き上げる。

 いくら僕が痩せてるとはいえ、米俵一つ分はある重さなのに凄い腕力だよ。


「大体、ベッドのすぐ横に車椅子が置いてあるのに、それを気にも止めず、床を這うなんて……。ベッドのどこかで、頭でも打ったのか?」


 男の子は疑問点を言いながらも、僕を立たせようとするが、重心がブレる異変に気付き、車椅子の方に、そっと座らせてくれた。


「ありがとう」

「もう、歩けないのに無茶しないでよ」

「うーん、たまには、這いずりゾンビの気持ちになってみたくてね」

「あー、君もあのゾンビゲームやるの。ボクもね、入院するまでは、狂ったように遊んだなー」

「僕は君じゃなくて、志貴野しきのなんだけどね。そういうキミの名前は?」

「ああ、ごめん。ボクはあきらっていうんだ」

「えっ、どこかで聞いたような?」


 今どき流行な、ゾンビゲームでの話題で盛り上がる辺り、やっぱり同年代との会話はいいなと、思い知らされる。


 しかし、あきらという名前が、どうも心の隅に引っかかるな。

 前世か来世なのか謎だけど、どこかで会ったような気がするよ。

 ヤベエ、来世なら、もうこの世にいないよね。


「まあ、それに関しては、よく言われるよ。あきらって、ありふれた名前だからね」


 うーん、男の子でも女の子でも、共通な名前だからかな。

 どうせ、いつもの変な夢でも見たんだろう。


「アララ、樹節きせつ君、どうしたの。怪我はない?」

「はい。あきら君のお陰で」

「まあな。ちなみに瑠美子るみこお姉さん、ボタンを押したのはボクの方さ」


 瑠美子と呼ばれた、年増でべっぴんなお姉さんが僕を抱きかかえ、ベッドの方に移す。

 無駄のない動きと、手際の良さからして、プロの資格を持ってるということが、はっきりと分かる。


「やっぱり、あきら君の仕業なの。心配して損したわ」

「何だよ。一緒にトイレに行きたいんだけど」

「もう、折れた足の骨はくっついてるし、樹節君を抱えて、車椅子にも動かしていたし、一人でも行けるでしょ」

「ええー、冷ご飯のように冷たいなー」

「明日の昼に、退院という身でよく言うわよ」


 あきら君が退院するのを耳にして、この二人部屋も、静かになるのか。

 それとも別の患者さんが入ってきて、この殺風景な場所も、賑やかになるのかな。


「──はあ、はあっ……しっ、志貴野くん、大丈夫っ!?」

秋星あきほか。そんなに息を切らしてどうしたの?」

「だっ、だって持病が悪化したっていうのを、美冬からのLI○Eで知って!」

「ああ、それ、痔の方だよ。ごめん」


 僕の伝え方が悪かったか。

 あまりにも痛いし、相手にする余裕もなかったから、不器用な伝え方になったもんね。


「なっ、何だあ。私はてっきり……」

「てっきり?」

「ええ、ちょっとテキーラが飲みたいと、お父様が言ってたのよ」

「ナイスフォロー、美冬みふゆ!!」


 病室に花束を持った学校帰りの美冬が、看護師さんと何かの話を終えて、同じくセーラー服姿の秋星の暴走を止める。

 何か知らないけど、秋星テンパりすぎ。


「本当に秋星は、最後までLI○Eに目を通さないんだから。既読メールもつかないし」

「そうそう。夏希なつきと一緒で、根っこが脳筋でできてるからね」


 ひょこっという擬音を立てて、美冬の背中から出てくる、赤いジャージ姿の夏希。


「紛らわしいから、夏希はちょっと黙ってて!」

「はーい♪」


「こらこら、元気なのは良いことだけど、病院内では静かにね」

「あっ、すいません……」


 夏希よりも大きな声だった秋星に、静かに注意する瑠美子さん。

 秋星のスマホで夜の6時だったことも知り、緊急で面会に来たのか。


「ところで、ハルの姿だけ見ないんだけど、今日は食事当番なのかな?」

『えっ……』


 余程、当番が嫌なのか、不意に三人の顔が引きつっている。


「志貴野くん、ハルって誰?」

「アンタ、ついに頭まで狂ったの?」

「シキノン、残念ながら夏希たちの姉妹に、外国人のハーフはいないのだよ」


 ハルに対しての素朴な疑問を、疑問形で返す姉妹たち。


「えっ、秋星、みんな?」


 さっきまでとは違って、三人の様子がどこかよそよそしくて変だ。

 まるで初めから春子はるこという、四女などいないかのように……。


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