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──僕はベッドに寝ていた。
どうやら、また変な夢を見たようだ。
見知らぬ小綺麗なベッドと、特有の消毒液の匂いからして、ここはどこかの病室かな。
「さてと、呑気に寝てる場合じゃないな。さっさと起き上がって、やるべきことをしないと」
「よっこいしょっと」
いつの間にか室内は、電灯がついてるし、窓の外は夕暮れになっていて、沢山の光が広がっている。
自然の明かりが減っていき、人工的なネオンの光源。
ここは僕の知ってる
今の状況が、よく理解できなかったけど、ずっとここに居たら、いけない予感がする。
そう、本能が告げていた……。
「あれ?」
足を動かそうと、懸命に踏ん張っても、まるで、石化したみたいに反応がない。
「……足が動かない」
いや、見えない何者かに固定された様子で、下半身だけが麻痺したような感覚かな。
今日の昼食に毒でも盛られた?
でも大人数の給食のおばちゃんが作る病院食に、毒を入れる隙もないだろうし、薄味の味付けだから、盛られてると、すぐに分かるはずだよね。
「だったら、強引に足を動かして」
僕は本能のままに、上半身をひねった。
腰から上は動けるということは、金縛りじゃないね。
あれは幽霊騒ぎじゃなく、頭が起きていても、体が眠っていて、動きがとれない現象だから。
……と考え、思いっきり、体を動かした瞬間……、
「うわあああー!?」
『どんがらガッシャーン!』
……誤ってベッドから転がり落ち、リノニウムの床を滑り、廊下側の窓際にある壁に、ぶつかって止まる。
「イタタタ。這いつくばることもできないなんて……」
『ウオーン、ウオーン!!』
一人もがきながら、芋虫として移動しようとしても、やっぱり腰から下はビクともしない。
腕だけを使っても、上手いように進めず、早くも息を切らす中、大きなブザー音が室内に鳴り響く。
「ヤベエ、この部屋の誰かが、ベッド上のナースコールのボタン押したな。このままじゃ、またベッドに寝かされてしまう!?」
またリセットされて戻されても、この僕の体力では二度と、このような真似はできないだろう。
チャンスは一度きり。
力技が駄目なら、元からない頭をフル回転させて……って頭ないなら、一緒じゃん。
『──なっ、何ごとですか!?』
『ええ、また例の人物よ。早く捕まえましょう。じゃないと、退院どころじゃないわ』
適切な会話を済ませ、廊下をバタバタと走ってくるナースらしきの声。
複数来てるということは、まだ交代の時間じゃないのか?
だけどすぐに、ここへ駆けつけることができず、当直室からも離れてる部屋のようだ。
その二つの情報が知れただけでも、好都合だよ。
「くっ、こんなことをしてる場合じゃないんだけど……僕の体はどうなってしまったんだ?」
「無駄だよ。君は大怪我をして、自力ではどうにもならないんだから」
僕の顔の前にしゃがみ込み、突然、意味不明な説明をされても困るよ。
床に伏せた顔を上げると、ショートヘアな銀の髪で微笑んでいる、高校生くらいの男子がいた。
松葉杖をワキで支えて、フレンドリーに問いかけてくる様子から、どうやら同部屋の患者さんみたいだね。
「き、君がナースコールを!?」
「まあね。美人な姉ちゃんたちに、下の方まで手厚く介護されるんだな」
「うぬぬ。余計なことを」
成人向けビデオじゃあるまいし、献身的に介護されてるのに、興奮するシチュエーションの方がおかしいよ。
この男の子は、それ系なビデオの見過ぎで、考え方が異常なのか。
あれは嘘で塗り固めて、編集した偽物染みた内容だし、真実を知ってる人間ならヒクよね。
「まあ、床でのたれ死んでも、夢見が悪いしな。ほら、肩を貸してやるからさ」
「ありがとう」
男の子が差し伸べた手を握り、遠慮なく片手で引き上げる。
いくら僕が痩せてるとはいえ、米俵一つ分はある重さなのに凄い腕力だよ。
「大体、ベッドのすぐ横に車椅子が置いてあるのに、それを気にも止めず、床を這うなんて……。ベッドのどこかで、頭でも打ったのか?」
男の子は疑問点を言いながらも、僕を立たせようとするが、重心がブレる異変に気付き、車椅子の方に、そっと座らせてくれた。
「ありがとう」
「もう、歩けないのに無茶しないでよ」
「うーん、たまには、這いずりゾンビの気持ちになってみたくてね」
「あー、君もあのゾンビゲームやるの。ボクもね、入院するまでは、狂ったように遊んだなー」
「僕は君じゃなくて、
「ああ、ごめん。ボクはあきらっていうんだ」
「えっ、どこかで聞いたような?」
今どき流行な、ゾンビゲームでの話題で盛り上がる辺り、やっぱり同年代との会話はいいなと、思い知らされる。
しかし、あきらという名前が、どうも心の隅に引っかかるな。
前世か来世なのか謎だけど、どこかで会ったような気がするよ。
ヤベエ、来世なら、もうこの世にいないよね。
「まあ、それに関しては、よく言われるよ。あきらって、ありふれた名前だからね」
うーん、男の子でも女の子でも、共通な名前だからかな。
どうせ、いつもの変な夢でも見たんだろう。
「アララ、
「はい。あきら君のお陰で」
「まあな。ちなみに
瑠美子と呼ばれた、年増でべっぴんなお姉さんが僕を抱きかかえ、ベッドの方に移す。
無駄のない動きと、手際の良さからして、プロの資格を持ってるということが、はっきりと分かる。
「やっぱり、あきら君の仕業なの。心配して損したわ」
「何だよ。一緒にトイレに行きたいんだけど」
「もう、折れた足の骨はくっついてるし、樹節君を抱えて、車椅子にも動かしていたし、一人でも行けるでしょ」
「ええー、冷ご飯のように冷たいなー」
「明日の昼に、退院という身でよく言うわよ」
あきら君が退院するのを耳にして、この二人部屋も、静かになるのか。
それとも別の患者さんが入ってきて、この殺風景な場所も、賑やかになるのかな。
「──はあ、はあっ……しっ、志貴野くん、大丈夫っ!?」
「
「だっ、だって持病が悪化したっていうのを、美冬からのLI○Eで知って!」
「ああ、それ、痔の方だよ。ごめん」
僕の伝え方が悪かったか。
あまりにも痛いし、相手にする余裕もなかったから、不器用な伝え方になったもんね。
「なっ、何だあ。私はてっきり……」
「てっきり?」
「ええ、ちょっとテキーラが飲みたいと、お父様が言ってたのよ」
「ナイスフォロー、
病室に花束を持った学校帰りの美冬が、看護師さんと何かの話を終えて、同じくセーラー服姿の秋星の暴走を止める。
何か知らないけど、秋星テンパりすぎ。
「本当に秋星は、最後までLI○Eに目を通さないんだから。既読メールもつかないし」
「そうそう。
ひょこっという擬音を立てて、美冬の背中から出てくる、赤いジャージ姿の夏希。
「紛らわしいから、夏希はちょっと黙ってて!」
「はーい♪」
「こらこら、元気なのは良いことだけど、病院内では静かにね」
「あっ、すいません……」
夏希よりも大きな声だった秋星に、静かに注意する瑠美子さん。
秋星のスマホで夜の6時だったことも知り、緊急で面会に来たのか。
「ところで、ハルの姿だけ見ないんだけど、今日は食事当番なのかな?」
『えっ……』
余程、当番が嫌なのか、不意に三人の顔が引きつっている。
「志貴野くん、ハルって誰?」
「アンタ、ついに頭まで狂ったの?」
「シキノン、残念ながら夏希たちの姉妹に、外国人のハーフはいないのだよ」
ハルに対しての素朴な疑問を、疑問形で返す姉妹たち。
「えっ、秋星、みんな?」
さっきまでとは違って、三人の様子がどこかよそよそしくて変だ。
まるで初めから