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第53話 私たち三重咲姉妹の絆と縁は、誰よりも深く繋がってるのだから──。

◇◆◇◆


「──ねえ、変わるよ。私たちの未来が」

「えっ、何を言ってるのさ?」

「今は気付かなくても、そのうち分かるよ」

「なっ……体が動かない」


 僕は夢でも見ているのか、それともこれは現実なのか。

 灰色の空間に体を浮かべたまま、隣から女の子の声がする。

 声がした方を振り向くと、愛らしい笑顔で微笑んでいる、白装束の秋星あきほがいた。


「そう、シキちゃんは、トラックにはねられそうになった子猫を助けた代わりに、自ら犠牲となった。この意味は理解できるよね」

「何だよ、やっぱり僕にも、神楽坂かぐらざかおじさんの催眠術が効いてるのか。それならそうと」

「ううん、シキちゃんは、その事故で脊髄を損傷して、もう歩けないの」


 何だって、僕が不自由な体だって。

 だったら、今までの経験は幻とでもいうのかい?


「おいおい、そんなことないだろ。現に学校にも通ってるし、親父も海外で大活躍してる。母さんとの離婚で傷付いたけど、今ではきっぱりと乗り越えて……あれ?」

「その離婚のきっかけが、例の事故からだったとしたら?」

「なっ、だとすると僕が編入したのも、親父が新しい奥さんを作ったのも……」

「うん、事故をおおやけにしない、カモフラージュと言ったところかな」


 あの子猫を助けた際に、受け持った出来事。

 たがが子猫で、ここまで人生を狂わせられるなんて。


 これが俗に言う、トラウマを抱えたということか。

 トラウマは、どう足掻いても治療できない心の病気で、トラウマになった情景、雰囲気、立場などのきっかけがある限り、死ぬまで苦しむ病気だと言うし……。


「あははっ。よく練り込まれた設定だね。もう、冗談も大概にしてよ」

「だったら現実で、その身を持って知りなよ」


 身って、魚の切り身の表現じゃあるまいし、もっと人間味のある、優しい言い方にならないかね。


「ああ。でも今さらドッキリでした、嘘でしたって、僕の前で獅子舞のように踊るんだよね」

「何か嬉しそうだね。変なスイッチでも入った?」

「やる気スイッチなら、とっくにね」

「だったら問題ないかな」


 電気系統じゃあるまいし、そのスイッチ一つで気分を変えられるような器用な人間に、生まれたわけじゃない。

 こう見えて、簡単に気持ちの切り替えが出来ない、不器用な性格なんだよ。


「それじゃあね、シキちゃん。いい夢を」

「ああ、アキちゃんも待っていてくれ。夢から醒めたら、真っ先に君を迎えにいくから」

「ありがとう。でも私……」


 秋星の姿をした女の子に、ちゃん付けをする僕。


 ああ、頭の中にあったモヤが晴れてきた。

 謎に包まれていたアキちゃん……秋星の正体がようやく分かったよ。


「──この世界には……もういないから」

「えっ?」


 僕は秋星の突拍子な告白に、ただ呆然としていた。

 ヤベエ、タコ焼きにタコが入っていないとかいう、生易しいものじゃないよ──。


****


 ──固い床の感触で目が覚める。

 頭上にはベッドがあり、どうやら寝てる時に誤って落ちたようだ。


「全く、どんだけ寝相が悪いんだか」


 私は床からすっと立ち上がり、乱れた髪を木クシでときながら、冬の学生服を着込み、化粧鏡の前に立つ。

 目の下にはクマが出ていて、酷い表情だ。


 昨日、ほとんど寝れなかったからなあ。

 シキちゃん、持病が悪化したと聞いたけど、大丈夫かな。


「秋星、起きてる? もしまだだったら、夏希なつきの超必殺技で!」

「ちょっと、私は起きてるわよ。だからって、扉を蹴破るのだけは、絶対に駄目だからね!!」


 ドタバタと騒がしい足音が消えたと思いきや、扉の前で大きな声で、毎度のようにワーワーと叫んでる、同じく制服姿の夏希。

 いつものお得意の飛び蹴りをして、扉の爆破予告以外に何があるのよ。


「ちぇっ、つまんないの」

「露骨にがっかりしないでよ。扉を壊したら弁償できるの?」

「いや、教育ローンを切り崩したら何とか」

「そんなことしたら信用が無くなるよ、というか、まだ未成年でしょ」


 ローンを組んでも、逆に借金を作ってしまっては意味がない。

 あれはお得なプランでもあるけど、ローン会社が上手く都合をつけて、お金を前払いしているのだから。

 それを結局は払えませんでしたとなると、都合がいいのにも程があるわ。

 自分でできた借金を、働き盛りの子供になすりつけるのもよ。


「そうだな、田んぼとかも作れなくなるもんね」

「それを言うなら担保よね」

「うむ。歴代の農民たちは、いつ来るか分からない年貢納めに怯え……」

「あのねえ、私、江戸時代にタイムリープしてないから」

「それは誠に残念」

「そんなに落ち込まないでよ」


 江戸時代の百姓になっても、損をするばかりで、昔の日本人も酷かったよね。

 納得がいかず、一揆も起きるはずよね。


「こうして農民たちは生きる希望を無くし……」

「どんだけメンタル低いのよ」


 ちょっと作物がやられたとしても、今度は来年に活かそうという柔軟な発想。

 どう育てようと、最終的には天候に左右されるため、メンタルが図太くないとやっていけない職業、それが農業でもあるのよ。


「さあ、二人とも、じゃれてないで、さっさと病院に行くわよ。今日は彼の退院日なんだから」

美冬みふゆ、これで良かったのでしょうか?」

「何よ、外の世界を見せてあげたいと決めたのは秋星じゃない?」


 上半身が長袖のブラウスで、制服を腰に巻いた美冬の言いたいことも分かるけど、彼の意思とは無関係な行動に、気持ちが揺らいでいた。


「でも私は……」

「はいはい、ウジウジしたって、彼は喜んでくれないわよ」

「でも……」


 それでも迷いを振り切れず、美冬の前で答えが出せない。


「でもも、ヘチマもないわよ。一生に一度の晴れ舞台なんだから」

「秋星に暗い顔は似合わない」

「そうそう、折角せっかくの結婚式が大無しよ」


 美冬だけじゃなく、夏希も励ましてくれるのに関して、私は伏せていた顔を上げる。


「あっ、はい!」


 もし、この場にハルが居たとしても、同じような励ましで元気づけてくれたことだろう。

 私たち三重咲姉妹の絆と縁は、誰よりも深く繋がってるのだから──。

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