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第52話 それくらい神楽坂おじさんは手強い相手だったんだよ

「クッ……体が動かない」

「えっ、僕らは何ともないし、それってどういう意味なの?」


 ハルの言ってることが飲み込めないが、神楽坂かぐらざかおじさんの様子がおかしいのは、何となく理解できる。

 身動きがとれない相手からして、どうやら僕とハルは、おじさんの催眠術にはかからなかったようだね。


 でもどうしてだろう。

 催眠術を信じそうにない美冬みふゆの姿をした秋星あきほや、何も考えてない夏希なつきは、あっさりとかかったのに。  


 まさか二人とも、誰もがひれ伏す天才肌だったとか。

 そんなわけないか……。


「こういうことよ、志貴野しきのお兄ちゃん」

「それは手鏡じゃないか」

「うん、いつも持ち歩いてる、化粧用になるけど」

「へっ、ハルはすっぴんでも可愛いのに?」

「えへへ、ありがとう」


 僕の疑問をよそに、手元に持った赤い手鏡を光らせる、照れ顔のハル。

 外からの光に反して煌めく鏡は、水晶のように美しかった。


「クッ、まさか、鏡の反射を利用して、僕の術から逃れるとは……」

「物は使いようということだよ」

「それもまさかのハルにね……」


 まさかハルに助けられるとは思いもしなかったおじさんと、その意見に頷き、お互いに同意する僕。

 このおじさんとは気が合わないけど、考えることは一緒なのか。


 今ならおじさんが言うことが、手に取るように分かるよ。

 いつも僕のことを、お兄ちゃんと甘い声で呟いて慕ってる妹(ちょっと違う)が……だよね?


「何よ、それだとハルが、お馬鹿キャラみたいじゃん」

「違うのかい? さっき、その男の子がおマヌケ姉妹だって」

「余計なことは覚えてるんだね」


 一文一句いちもんいっくを聞き漏らさなかった神楽坂おじさんに敬意ではなく、文句を口にするハル。

 余計な不純物は一切含まれない。

 それが大は小を兼ねる、コミュニケーションだとしても。


「全く、人聞きが悪いよね、ねえ、お兄様?」

「秋星も僕を睨まないでよ」

「悪の根源が何を言ってんの」

「……あのさあ、僕はゲームの魔王様な設定でもないよ」


 僕は子供の漕いだ足こぎ式のフェラーリにぶつかって、ショック死で異世界転生し、冒険者はつまらないし、イベント攻略とか面倒だし、ただ待つだけで、三食昼寝付きで楽に生活できる、怠惰な魔王になってしまったのか。


 魔王としてのチート能力は、キッチンの戸棚にしまった、お菓子の量を瞬時に見分けるちから。

 別に冒険者などの来客は求めてないし、そんな接待能力とかいらないよ。


「グッ、マジで動こうにも動けん。ハルとやら、僕に何の命令をしたんだ?」

「うん、あの花壇に生えたお花たちがあるよね」


 どんなに頑張って力んでも、瞬間接着剤をつけた縄で縛ったように、その場からミリ単位も動けない神楽坂おじさん。

 そこでにやけた顔を浮かべるハルが、後ろにそびえる、背高な太陽たちを指さした。


「この廃屋の出入り口に生えていたヒマワリか?」

「そうそう。ちょっと悪知恵を働かせて、あのヒマワリのようにずっと佇んでてと、命令しただけだよ」


「だな。怪しいストーカーという設定で警察も呼んだし、後は大人しく捕まるだけだ」

「うん。念のため、夏希に頼んで、撮影してて良かったね」

「えっへん。夏希大活躍だねw」


 今まで建物の奥に潜んでいた夏希が、自分のスマホを構えて、余裕の笑みで近付いてくる。


「クッ。お、お前たち、とんでもないことを!! 決して許さんぞー!」


 あーあ、二人の秘密の計画をバラしたのを気に、神楽坂おじさんが逆ギレしたよ。

 笑ったり怒ったりと、表情をコロコロと変化させて、お子様みたいで、見ていて飽きないよ。


「……秋蘭あきらおじさん」

「おおっ、我が心の息子、賢司けんじよ。じっと見てないで助けてくれ。君も僕を真似て、催眠術が使えるようになったんだろ?」


 警察に何もかも暴かれることを恐れ、唯一無二の子供、賢司に命乞いをするおじさん。

 血の繋がりもない第三者として見てても、憐れで情けないものだね。


「そんなの覚えて、何の役に立つんだよ? サーカスの大道芸人にでもなれと?」

「別にそうは言ってないさ。今は黙って、僕の術を解いて……」


 性懲りもなく、おじさんの上から目線な態度に、呆れたように大きく息を吐く賢司。

 今度ばかりは、おじさんのねちっこい部分に嫌気がさしたかな。


「秋蘭おじさん、他力本願たりきほんがんって言葉を知ってる?」

「ああ。勿論もちろんさ。今の僕には君の存在が必要なんだよ」

「その饒舌な喋りで、今まで何人の女を口説いて抱いてきたんだ? 女は性欲の捌け口じゃないぜ?」

「ええっ、賢司君?」

「俺の母さんは、あんたなんかには譲らない」


 ここで初めて、おじさんとの友好同盟を破棄した賢司。


 そうだよ、どんなに思いを込めて、言い聞かせても、他人の心までは変えられないんだ。

 変えたいなら、相手自身じゃなく、自分から変わるしかないんだよ。


「まっ、待つんだ、賢司君。君はそれで良くても、君のお母さんが困るぞ!!」

「安心しろ、これからも真面目に働くし、母さんは俺が守るから」

「クッ……このガキンチョめ」


 おじさんの言うことに、聞く耳も持たない賢司。


 ようやく、自身の間違いに気付いたのか。

 母親を守る立場となり、彼も大人の男になりつつあるんだね。


「賢司君、君とお母さんはきっと後悔するだろう。僕という支えを無くしたことに」

「後悔も何も、おじさんの存在自体が邪魔なんだよ」

「クッ。いい気なものだな、賢司。出所したら覚えとけよ。真っ先に君の家族の存在を壊してやるからな!」

「どうぞ。やれるものなら」


 最後の仲間にも見放され、両ひざをついた神楽坂おじさんが、悔しそうに歯を食いしばる。

 ギリギリと歯軋りの音が聞こえるのを皮切りに、サイレンを鳴らす二台のパトカーが停まり、車内から飛び出した三人の警察官に取り押さえられた。


「ほらっ、下らんお喋りはいいから、キリキリ歩かんか!」

「クッ。この野郎共めがぁぁぁー!!」

「うるさいぞ。さっさと乗れ!」


 白昼堂々、手錠を繋がれたまま、廃屋につけていたパトカーの後部座席に、反抗的なおじさんを押し込む警察官たち。

 神楽坂おじさんは消え入りそうな声で何かを言いながら、車内でも前のめりの姿勢で顔を埋めている。


 再び、パトカーのけたたましいサイレンが耳に障る中、おじさんを乗せた車は、ゆるやかに町中に向けて走り出した。


「──終わったな。これで彼の企みも」


 僕はゲームのラスボスを倒したような優越感に浸っていた。

 あの桜色の紐が無かったら、迷宮入りしてたかも知れない。

 それくらい、神楽坂おじさんは手強い相手だったんだよ。


「いえ、まだ終わっていませんよ」

「アタシたちへの返事がまだでしょ?」


 ハルと、姿形は美冬の秋星が、興奮した様子で、僕の前に責め立てる。


「あー、すっかり忘れてたー!?」


 そうだよ、僕は好きな子に告白するために公園に来たんだったね。


 ヤベエと思いながら、廃屋の外を見つめると、雲の間から眩しい光が漏れ出し、雨上がりの空にうっすらと虹がかかっていた──。


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