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第51話 ブービートラップというか、見事にハメられたよ

「きゃああああー!?」

秋星あきほ!!」


 神楽坂かぐらざかおじさんが手にした、糸を通した五円玉。

 その動作を見て、硬貨が左右に揺れる導きに黙り込んでしまう、美冬の格好をした秋星あきほ


「フフッ。もう遅い。彼女は僕の術に見事にかかった」

「冗談だよね。そ、そんなのまじないだよね?」


 嘘か誠か、僕の呼びかけでも上の空なニセ美冬の肩を、今度は大きく揺さぶる。

 女性が苦手で勇気を出して、問い詰めたものの、肩を掴むからして、これって立派なセクハラだよねと思い、慌てて、両手を引っ込めた。


「いくら強い心を持った人間でも、必ず隙は見つかるものさ。油断したね」

「あうううう……」


 ゾンビのように、言葉にならない唸り声を上げる偽物の美冬。

 あれだけ強情でツンデレなキツい性格の美冬と同じく、秋星にも弱い一面などないと思っていた。


 僕は拳を握り締めて、心の中で静かに問う。

 普段から気が強い美冬だって、中身が秋星だって、普通の女の子と、何ら変わらないことに。


「さあ、その最強の力を持って、目の前の志貴野しきのたちを黙らせろ」

「ワカリマシタ。アルジ様」


 神楽坂おじさんの操り人形となったニセ美冬が、太陽の剣を構えて、おじさんの横に並ぶ。

 太陽の剣と言っても、たまたま出入り口の花壇で育てられていた、根っこを千切られたヒマワリだったけどね……。


「エエーイ!!」

「おわっ、いきなり主人に何をする!?」


 ニセ美冬が突然トリッキーな動きで、神楽坂おじさんに回し蹴りをする。

 その予想外の反応でも、おじさんはなんてことなく、素早くかわしてみせた。


「イエ、アルジサマノ、肩が凝ってるのかと」

「だからって強引に蹴りをして、地面に張り倒そうとしたよな」

「ノンノン、天日干しデス」

「一緒だろーが!!」


 どのみち神楽坂おじさんは、ここで干される運命なんだ。

 家事野郎のハートに火(お日様)をつけてだけど、素直に布団たたき(中身は秋星キック)を受け止めてよね。


「何か分からないけど、人間の本質までは変えられないということか」

「お兄ちゃん、秋星お姉ちゃんの秘めていた強情の方が、打ち勝ったのかな?」

「まあ確かに、いくら秋星でも、あんなちゃちな術なんかにかかりそうにないし」


 元々、秋星もプライドが高く、高貴な性格だったんだ。

 おじさん如きの、ちゃちな催眠術に揺れ動くはずがない。


「もう姉妹を辞めて、巫女さんになった方がいいかもな」

「お兄ちゃん、酷い。秋星お姉ちゃんを生涯、独り身にさせるつもりなの!」

「そこまでは言ってないよ!?」


 結婚したら出来ない神聖の職業だが、秋星を一人きりにさせることはさらさらない。


「クッ、この女は放っておこう。新たなターゲットはー!」

「なっ!?」


 ニセ美冬から視線を切り替えた神楽坂おじさんが、少し離れて、格闘技を難なく決めている夏希なつきへと絞る。


「そこで密かに、一人技の練習をしている女で決まりだ」

「えっ、夏希に何か用かな?」

「駄目だ、夏希、逃げるんだ!」

「大丈夫、夏希は逃げも隠れもしないから」


 夏希が小さい舌を出して、イタズラっぽく笑ってみせる。

 特撮ヒーローの真似事じゃなく、真剣にヤベエ状態なのに。


「一足遅かったな。食らえ!」

「カアアアアー!」

「あひひひひっ!?」


 神楽坂おじさんの催眠術を、真っ向から受けた夏希が、奇怪な笑い声を出し始める。


「フフッ、さっきから武闘の練習ばかりして、いかにも脳筋で軽そうな女だったな。まあ、これも実力の差というものさ」

「あひゃひゃひゃひゃ!!」


 夏希の気色悪い笑い声が、耳にこだまする。    

 女の子らしくもなく、恥じらいさえも忘れた、年配のおばあちゃんのようだね。


「さあ、大人しく言うことに従わないと、笑い続けたまま、あの世行きだよ」

「あひゃひゃー、ひゃっほーい!!」

「何だと!?」


 外の雷が鳴ったと同時に夏希が、神楽坂おじさんの言葉に耳を貸さずに、豪快なジャンプ蹴りを、おじさんの首に放つ。

 降りしきる雨の中、驚いて首を引っ込めたおじさんも、困惑を隠しきれないようだね。


「くっ、この女には感情というものがないのか?」

「いや、ただ単に何も考えていないだけで……」

「なっ、しかも心を虚無にできるのか。それならば操ることもできないな」

「あっ、いえ、ちょっと……」 


 夏希、頭を空っぽにしても、気難しいことは何もできないし、ただ食っちゃ寝して、起きて暇な時は、技のトレーニングばかりしている能天気娘なんだけど……。


「あひゃひゃ、きえええーい!!」

「くっ、やむを得ないな」


 次々と来る、蹴りの連打を腕で防ぎながら、夏希の背後に回り込む神楽坂おじさん。


『トスッ!』

「きゅうううー……」


 夏希の首元に鋭いチョップを当てて、脳震盪にさせるおじさん。

 すると、ごまアザラシのような愛らしい叫び声を出して、冷たいコンクリートの床へとうつ伏せに倒れた。


『ボコッ!』

「アルジ様よ、永遠に……」


 そして、おじさんは周りを徘徊していた、ニセ美冬の後ろに移動し、支配さえも解けそうなひざカックンをした。

 するとバランスを崩された秋星(中身)が、ひざから地面に倒れ込んだ。


「これで邪魔者は消えたよね。神楽坂さん、チェックメイトだよ」

「キミは何もしてないのに、まるで全てを分かり切ったような口振りだね」

「……いや、基本的に三重咲みえさき姉妹は、おマヌケの固まりだから」


 自分の身で滅ぼした結果なのに、状況を上手く飲み込めないようだね。

 最初からこうなることは、想定済みだったんだよ。


「志貴野お兄ちゃん、それは聞き捨てならないよ。誰がマヌケで想定済みなのかな」

「……しれっと心の声を読んでるし」

「お兄ちゃんが、そう小声で呟いてたんだよ?」


 あー、やっぱり僕に隠し事は無理なのか。

 オープンする態度に持っていこうとも、肝心のステータスが陰キャだったら、どうにもならないしな……。


「うぐぐ、それは迂闊だった」

「今回はお兄ちゃんの負けだね」

「くっ、完封勝利というわけか」

「それだけハルたちは強いってことだよ」

「僕も明日から筋トレしようかな……」


 ハル投手のゆるいストレートボールさえも打てずに、三振でお手上げな僕。

 身近なアイテムで筋トレをすれば、少しは、ちゃんとした言い訳ができるかな。


「クククッ。君たちは何も考えてないな。二人を術から外したのは、初めから二人までしか操れないだけのこと」


 ねえ、そんなにペラペラと、自身の能力を語っても平気なの?

 AIまでとは言わないけど、僕にも学習能力くらいあるよ。


「最初から狙いは、志貴野君とその恋人の女の子だけさ」

「何だってー!?」


 ハルと僕の二人に、ひとさし指を突きつけて、大胆な犯行を呟く神楽坂おじさん。

 ブービートラップというか、見事にハメられたよ。


「さあ、改めて僕の術を食らえ!」

『カアアアアー!!』


 おじさんの喝に体の自由がきかなくなる。

 しかも僕だけじゃなく、ハルまでなんて。

 一体、僕らをどうするつもりなのさ?


 腕時計が昼前を指しても、外の雨は到底、やみそうにないね……。

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