「きゃああああー!?」
「
その動作を見て、硬貨が左右に揺れる導きに黙り込んでしまう、美冬の格好をした
「フフッ。もう遅い。彼女は僕の術に見事にかかった」
「冗談だよね。そ、そんなのまじないだよね?」
嘘か誠か、僕の呼びかけでも上の空なニセ美冬の肩を、今度は大きく揺さぶる。
女性が苦手で勇気を出して、問い詰めたものの、肩を掴むからして、これって立派なセクハラだよねと思い、慌てて、両手を引っ込めた。
「いくら強い心を持った人間でも、必ず隙は見つかるものさ。油断したね」
「あうううう……」
ゾンビのように、言葉にならない唸り声を上げる偽物の美冬。
あれだけ強情でツンデレなキツい性格の美冬と同じく、秋星にも弱い一面などないと思っていた。
僕は拳を握り締めて、心の中で静かに問う。
普段から気が強い美冬だって、中身が秋星だって、普通の女の子と、何ら変わらないことに。
「さあ、その最強の力を持って、目の前の
「ワカリマシタ。アルジ様」
神楽坂おじさんの操り人形となったニセ美冬が、太陽の剣を構えて、おじさんの横に並ぶ。
太陽の剣と言っても、たまたま出入り口の花壇で育てられていた、根っこを千切られたヒマワリだったけどね……。
「エエーイ!!」
「おわっ、いきなり主人に何をする!?」
ニセ美冬が突然トリッキーな動きで、神楽坂おじさんに回し蹴りをする。
その予想外の反応でも、おじさんはなんてことなく、素早くかわしてみせた。
「イエ、アルジサマノ、肩が凝ってるのかと」
「だからって強引に蹴りをして、地面に張り倒そうとしたよな」
「ノンノン、天日干しデス」
「一緒だろーが!!」
どのみち神楽坂おじさんは、ここで干される運命なんだ。
家事野郎のハートに火(お日様)をつけてだけど、素直に布団たたき(中身は秋星キック)を受け止めてよね。
「何か分からないけど、人間の本質までは変えられないということか」
「お兄ちゃん、秋星お姉ちゃんの秘めていた強情の方が、打ち勝ったのかな?」
「まあ確かに、いくら秋星でも、あんなちゃちな術なんかにかかりそうにないし」
元々、秋星もプライドが高く、高貴な性格だったんだ。
おじさん如きの、ちゃちな催眠術に揺れ動くはずがない。
「もう姉妹を辞めて、巫女さんになった方がいいかもな」
「お兄ちゃん、酷い。秋星お姉ちゃんを生涯、独り身にさせるつもりなの!」
「そこまでは言ってないよ!?」
結婚したら出来ない神聖の職業だが、秋星を一人きりにさせることはさらさらない。
「クッ、この女は放っておこう。新たなターゲットはー!」
「なっ!?」
ニセ美冬から視線を切り替えた神楽坂おじさんが、少し離れて、格闘技を難なく決めている
「そこで密かに、一人技の練習をしている女で決まりだ」
「えっ、夏希に何か用かな?」
「駄目だ、夏希、逃げるんだ!」
「大丈夫、夏希は逃げも隠れもしないから」
夏希が小さい舌を出して、イタズラっぽく笑ってみせる。
特撮ヒーローの真似事じゃなく、真剣にヤベエ状態なのに。
「一足遅かったな。食らえ!」
「カアアアアー!」
「あひひひひっ!?」
神楽坂おじさんの催眠術を、真っ向から受けた夏希が、奇怪な笑い声を出し始める。
「フフッ、さっきから武闘の練習ばかりして、いかにも脳筋で軽そうな女だったな。まあ、これも実力の差というものさ」
「あひゃひゃひゃひゃ!!」
夏希の気色悪い笑い声が、耳にこだまする。
女の子らしくもなく、恥じらいさえも忘れた、年配のおばあちゃんのようだね。
「さあ、大人しく言うことに従わないと、笑い続けたまま、あの世行きだよ」
「あひゃひゃー、ひゃっほーい!!」
「何だと!?」
外の雷が鳴ったと同時に夏希が、神楽坂おじさんの言葉に耳を貸さずに、豪快なジャンプ蹴りを、おじさんの首に放つ。
降りしきる雨の中、驚いて首を引っ込めたおじさんも、困惑を隠しきれないようだね。
「くっ、この女には感情というものがないのか?」
「いや、ただ単に何も考えていないだけで……」
「なっ、しかも心を虚無にできるのか。それならば操ることもできないな」
「あっ、いえ、ちょっと……」
夏希、頭を空っぽにしても、気難しいことは何もできないし、ただ食っちゃ寝して、起きて暇な時は、技のトレーニングばかりしている能天気娘なんだけど……。
「あひゃひゃ、きえええーい!!」
「くっ、やむを得ないな」
次々と来る、蹴りの連打を腕で防ぎながら、夏希の背後に回り込む神楽坂おじさん。
『トスッ!』
「きゅうううー……」
夏希の首元に鋭いチョップを当てて、脳震盪にさせるおじさん。
すると、ごまアザラシのような愛らしい叫び声を出して、冷たいコンクリートの床へとうつ伏せに倒れた。
『ボコッ!』
「アルジ様よ、永遠に……」
そして、おじさんは周りを徘徊していた、ニセ美冬の後ろに移動し、支配さえも解けそうなひざカックンをした。
するとバランスを崩された秋星(中身)が、ひざから地面に倒れ込んだ。
「これで邪魔者は消えたよね。神楽坂さん、チェックメイトだよ」
「キミは何もしてないのに、まるで全てを分かり切ったような口振りだね」
「……いや、基本的に
自分の身で滅ぼした結果なのに、状況を上手く飲み込めないようだね。
最初からこうなることは、想定済みだったんだよ。
「志貴野お兄ちゃん、それは聞き捨てならないよ。誰がマヌケで想定済みなのかな」
「……しれっと心の声を読んでるし」
「お兄ちゃんが、そう小声で呟いてたんだよ?」
あー、やっぱり僕に隠し事は無理なのか。
オープンする態度に持っていこうとも、肝心のステータスが陰キャだったら、どうにもならないしな……。
「うぐぐ、それは迂闊だった」
「今回はお兄ちゃんの負けだね」
「くっ、完封勝利というわけか」
「それだけハルたちは強いってことだよ」
「僕も明日から筋トレしようかな……」
ハル投手のゆるいストレートボールさえも打てずに、三振でお手上げな僕。
身近なアイテムで筋トレをすれば、少しは、ちゃんとした言い訳ができるかな。
「クククッ。君たちは何も考えてないな。二人を術から外したのは、初めから二人までしか操れないだけのこと」
ねえ、そんなにペラペラと、自身の能力を語っても平気なの?
AIまでとは言わないけど、僕にも学習能力くらいあるよ。
「最初から狙いは、志貴野君とその恋人の女の子だけさ」
「何だってー!?」
ハルと僕の二人に、ひとさし指を突きつけて、大胆な犯行を呟く神楽坂おじさん。
ブービートラップというか、見事にハメられたよ。
「さあ、改めて僕の術を食らえ!」
『カアアアアー!!』
おじさんの喝に体の自由がきかなくなる。
しかも僕だけじゃなく、ハルまでなんて。
一体、僕らをどうするつもりなのさ?
腕時計が昼前を指しても、外の雨は到底、やみそうにないね……。