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ep.4-6 " warlock " 《黒魔術師》

- 冥界 -


◇◆ Frédéric ◆◇


……。



考え事をしていたら「兄さん」と、声がした。



「エリック……もう時間か」

「ヘクター様の指示だとそろそろだよ。行かなくちゃ」

「そうだな……」


……


……


エリック……。


俺は、エリックが生まれる前から、エリックが冥界に行く未来を知っていた。

……何度未来を見ても、エリックのより先は、視えることがなかったんだ。


……


俺が『未来予知』を発動したのは、そんなエリックの未来を見てしまった時だった。

それも、


初めてその未来を見た時、俺は全く意味がわからなかった。最初に見えたのは赤ちゃんだった。だけどその次のシーン……見えたのは俺によく似た男の子。だけど、俺より小さいし俺じゃない。その時の俺は11歳前後だったけど、見えた男の子はどう見ても小学校低学年くらいにしか見えない。

そしてその子が突然非魔術師に攻撃魔法を使って天に召されてしまう……という、一瞬に全てがぎゅっと濃縮された超短編映画みたいだった。

突然そんな情報が頭を駆け巡ったものだから、俺はどうかしたのかと思った……けどそれも前述のとおりすべて一瞬の出来事で。やけに鮮明だったけどその後見えることもなかったから、誰にも相談することなく忘れかけていた。だけど、それが特殊魔法『prédiction fut未来予知ure』だったと気が付いたのは、生まれてきたエリックを見た時だった。


……唖然とした。

あの時見えた赤ちゃんだったんだ。


そうして俺はエリックが生まれて間もなくして《共同魔法研究所》へ通うことになった。ここへは特殊魔法が発現した小学生以上の魔術師が通うことになっている。

だけどなかなか俺は特殊魔法をうまく使いこなせなかった。時間指定、場所指定、人物指定もうまくできないし、視えたとしても鮮明に像を結ばない。

だけど前に見た未来……エリックの誕生と最期を見た時は、まさに目の前に成長したエリックがいるみたいに鮮明に見えたから、何か神のお告げに近いものだったのかもしれないと、そう思った。



俺たちが冥界へ来るのは、必然だったのかもしれない。



……。



俺が21で現界を去るのも必然だった。だけどその理由までは視ていない。

結局変えられない未来ならば見ない方がいい……そう思って、俺は特殊魔法自体なるべく使わないようにしていた。

だけど俺が冥界へ来たことでエリックの未来もある意味少しは変わったと言える。おそらく、最も平和的にこちらへ来ることになったのではないだろうか。

俺が見た未来は、『非魔術師と対立したエリック自身が、非魔術師に攻撃的な魔法を使う』ことで天に召されたが、結果的にあいつは非魔術師を攻撃することなくこちらへ来た。



エリックは、《取引》をしたんだ。



取引と言うのは、簡単に言えば条件を呑んで冥界こちらにくることだ。

……が、こちらへ来ることは変えられないとしても、エリックにとっては一番良い方法であるべきだ。わざわざゼノ様のルールを破らないでも、こちらへくる方法はあったんだ。それが、《取引》。それは俺も知っていた。だけどそれは恐らく一度しか使えない。

エリックへの手紙にわざわざ《冥界》と入れたのは、エリックが冥界に興味を持つのではないかと思ったからだ。そうしてあわよくば《取引》までたどり着いてほしいと、そう願って。


俺が《冥界》について知る理由……それは何の運命の悪戯か、マティス教授の研究施設での話が発端だった。あいつは俺たちの特殊魔法の秘密を、ギリシャ神話に例えて話すことが多かったんだ。それは言い得て妙で、その後俺はジル室長からも裏を取っている。



《冥界》は存在する、と。



天に召された後に行きつくのは、俺たちが信じていた《天界》ではなく、《冥界》だった。それは今、この世界に《マリア》が不在だから。《天界》への架け橋が存在しない。だから死者はみんな現界を彷徨い続けている。彼らの多くは善良な死者。

だけどいつか《マリア》が現れた時、この世界はようやく機能し始める。



マリア……。

現界にいたとき、『ロンがマリアなんじゃないか』と噂されていたことは知っていた。正直、俺もそうなんじゃないかと期待したくなってしまうほど、彼は透き通るように清廉潔白で愛らしく、秘めた魔力の多さと純粋さがそれを示しているようでもあった。

ロンがマリアなら……彼ならきっと、世界を正しく導いてくれるんじゃないかとさえ思ってしまう。

だけどまだ小学生の背には重すぎる期待



人に期待してるばかりでは、何も始まらない。



俺はリラとリスを、それにエリックだって守ってやりたい。

そして……非魔術師たちも……俺には、大事な人が多すぎた。俺は十分幸せな人生だった。



だから俺は俺の役割を……冥界では冥界での役割を全うするまでだ。

どういうことか……それは。



《warlock》……現界では《黒魔術師》と訳されることが多いが実際は《悪魔》が正しい。

俺たちの世界での《黒魔術師》とはつまり悪魔……のことだったんだ。



俺たちはヘクター様の言いつけで、指定された死者を冥界へ連れていく。多くは現界での《悪》を悔い改めない者や魔術師を狙った犯罪者が対象だ。

そうしてそれは未然も已然も関係ない……神がその行動を許せなかったら即アウトだ。


……これから起こることは俺の最後の『未来予知』に依る

魔術師から【魔導基部】を取ったら死んでしまうんだよ……そんな悲しい未来は起きてはいけない。

俺が冥界からねじ伏せてやる



俺の大事な人たちがいる《現界》に、悪いやつなんて、いらない。

《悪》は滅するべきなんだ……そうすれば魔術師も非魔術師も、みんな平和に暮らせる。



フードのついた全身すっぽり覆えるような真っ黒なローブを身に纏い、同じく真っ黒な手袋を身に着け、等身大ほどある大鎌を手にする。

……準備は完了だ。


『《warlock》には近づいてはいけないよ』という、あのおとぎ話のような言い伝えは。


それこそが現界の《悪》を滅する者……それが、非魔術師から《warlock》と呼ばれ畏れられている、俺たち《悪魔》だ。

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