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第062話 行きたくなったら

 春野・安達・加賀見の買い物も終わり五人で集合する。

「皆いいの買えた?」

「うん、満足」

「うん!」

「また来たいね」

 どうやら三人とも満足の模様。


 ここで春野が俺に近づく。

「ね、黒山君はこういうのどう思う?」

 と、春野が掌の上にある小物を俺に見せてきた。

「これ、ヘアピンか?」

「そう!」

 春野が持っているヘアピンは、銀に輝いており細いものだった。

 この前のブレスレットと対照的に色彩がこれといってないが、春野の青みがついた黒髪にはこういう鈍く光る銀の飾りがよく合うのかもしれない、と感じた。

「お前の髪に合うんじゃないか」

「ホント! よかったー」

 小学生のようにはしゃぐ春野。毎度毎度明るいキャラで疲れないのかと心配になってくる。

 日高が春野と俺のやり取りを見てずっと笑いを浮かべている。加賀見が俺の苦しむ姿を見たときの笑顔と似た雰囲気を感じる。

 ああ、アレか。春野と俺をお似合いのカップルにでも見立てて楽しんでるのか。見当違いなのにご苦労様。


「んじゃ、最後は私達と行こっか」

 俺の背後にいつの間にか回り込んでいた加賀見が俺のシャツの襟首を掴んで歩き出した。おいちょっと、何でいつもお前は俺を連れてくとき襟の方を掴むんだよ。

「凛華ちゃん、皐月ちゃん、また後で集合しよ」

 安達が春野と日高に挨拶して加賀見の横についていく。

「あ、また後でね」

「今日もまた強引だねえ」

 二人もいい加減この光景に慣れてきたようで、しれっと受け入れていた。この二人まで加賀見に毒されたら本格的に登校拒否するかもな。

「加賀見、とりあえずついてくから襟を離してくれ」

 いつぞやのように引っ張られて歩くのが辛いのでひとまず加賀見に懇願した。今の俺なら土下座も辞さない。

「……ふん」

 加賀見が俺を解放してくれた。俺を信頼してくれたのか、逃げても必ず捕らえられるという自信の表れなのか。多分後者だな。


 最後は加賀見と安達と俺の三人で行動することになったわけだが、

「行くコーナーは決めてるのか」

 ひとまず訊いてみた。

「え? 決めてないけど」

「何当たり前みたいに言ってんだ」

 じゃあさっきまで俺達どこに向かって歩いてたんだよ。

「マユちゃんはどっか行きたい所あるの?」

 安達が加賀見に振る。安達は特に行きたい所がないと見た。

「ゲームセンターかな」

「他の所にしようぜ」

 加賀見は以前安達家で遊んだとき、俺と安達に圧勝するぐらいにゲームが得意だった。

 TVゲームと筐体のゲームではまた勝手が違うだろうが、自らゲームセンターを希望する辺り、やはり腕に覚えがあると見ていい。

 前みたいに加賀見無双になるのも気分が悪いので即座に否定させてもらった。

「何? 何か文句あんの?」

「どうせ前みたくお前が一方的に勝ちまくって終わりだろ。先が見えててつまらん」

「へー、自信ないんだ」

「ああ、ない」

「……悔しくないの?」

「あそこまで差を付けられちゃいっそどうでもよくなる」

 いや、マジで。

「……チッ」

 おお、加賀見が舌打ちした。俺が予想以上に平然としてるからイラっとしたみたいだな。

 ゲームで遊ぶよりこっちの方が俺には面白い。


「んじゃアンタが行き先決めろ」

 投げやりに加賀見が俺に行く場所を託す。うーん。

「最後は屋上行かないか? テラスやってるらしいぜ」

 今いるこの建物は8階あり、屋上には庭園が敷かれているらしい。

 俺も案内を見ただけで行ったことはなく、どうせならこの機会に屋上の風景を見物するのも悪くないと思っていた。

「へー、私もそこに行きたい」

「……いいかもね」

 安達・加賀見からも異論は出ず、そこへ向かうことになった。


 屋上のテラスに出るとまず風が身に染みた。

 本日は縦に積み重なった雲が空を覆っており、夏の暑い日差しを浴びる心配なく涼しい空気を味わえた。

「おー、見晴らしいいね」

「結構緑がある」

 屋上には混じりけのない萌黄色の芝が整然と設えており、周囲のフェンスには腰を下ろせる段差があった。芝を全体的に眺めながら座って過ごせる作りになっていた。

 安達・加賀見・俺は適当な所に座り、芝と空を見ていた。

「芝生の上で横になると気持ちよさそう」

「ね! シートあればよかったんだけど……」

「アンタ、シートになってくれない?」

「言ってる意味がさっぱりわからん」

「え、日本語わからない人なの?」

「わかるからこそお前の言ってることの意図が掴みかねるんだが」

 不毛な会話を交わしながら俺は芝を見つめていた。鮮やかな緑が俺のストレスを少しでも和らげてくれることを願う。


「正直もうお小遣いが残り多くなかったから、最後ここでよかったかも」

「ん、私も余裕なかった」

 今日だけで結構散財したらしき女子二人。俺も残金は心許ない。もっと計画的に利用すべきだった。

 女子二人が会話してる間、芝を見てぼーっとしていると

「アンタは今日一日楽しかった?」

 加賀見が例の如く俺に話を振った。もういい加減新しいパターンに入っていいんじゃないですかね加賀見さん。例えば俺を一切会話に入れないとかさ。そうすれば俺が嬉しいのに。

「映画はまあまあ面白かったな」

 加賀見がいなかったし、上映中は誰とも関わらすに済んだから。あ、映画の内容も勿論よかったよ。嘘じゃないよ。

「今この時間が楽しくないみたいに聞こえるのは気のせい?」

「イヤ、イマモスッゴクタノシイデスヨ」

 だって加賀見さんが手持ちのバッグに手を突っ込みながら訊いてくるんだもん。明らかに俺に向けて何かを出そうとしてるんだもん。そんなことされたらそう答えるしかないじゃない。

「次はいつ遊びに行こっか」

 安達さん、気が早すぎない。まだ今日の遊びは終わってないんですよ。まだ店すら出てないんですよ。

「私達の内誰かが遊びに行きたくなったらそのとき皆を誘って遊ぶ、でいいんじゃない」

 加賀見さん、そんな恐ろしいこと言わないでください。それいつ俺の時間が無駄にされるか予測不可能じゃないですか。

「アンタもそれで文句ないよね?」

「ハイ」

 だからバッグから何かを取り出そうとする素振りを見せて訊かないでほしい。何でも言うこと聞かざるを得なくなっちゃう。


 この後、五人で一緒に帰って今日の遊びは終わった。俺はさっさとその日を疲れを癒すべく帰宅してすぐシャワーを浴びてベッドに飛び込んだ。ああ、布団の柔らかさに癒される。


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