「黒山君は今日も先輩の所に?」
「そうらしい」
私の問いを、マユちゃんが答えてくれた。
「ここ最近は毎日そんな調子みたい」
「はあ、まったく」
この場にはミユちゃんと皐月もいる。
私達四人は今、一年一組の教室に集まっていた。
以前は黒山君やミユちゃんのいる一年二組の教室でよく話を楽しんでたけど、とある事情から二組の教室に入りづらくなった。
そこで二組の隣であり、マユちゃんの所属する一組の教室でお喋りすることが多くなった。
ちょっと前まではその集まるメンバーの一人に黒山君がいた。ミユちゃんとマユちゃんが引っ張るように連れてきてたっけ。
しかし彼はあるときから私達四人と行動をともにしなくなった。
ミユちゃんとマユちゃんに事情を聞いたところ、どうも二年の奄美先輩という人に仕事を頼まれ、その先輩の元へ足を運んでいるのだそうだ。
最初の一日目は「へーそうなんだ」ぐらいの感想しか浮かばず、大して気に留めなかった。
気になったのは二日目もどこかへ行ったと二人から連絡があったときだ。
普段ならミユちゃんが黒山君を引き留めたりついていったりしているが、例の先輩に関わる用事かもしれないと思ってミユちゃんも二の足を踏んだらしい。
理由も告げず行方を
二人で第一校舎の、普段訪れないような場所を散策して少しすると何やら人の声が聞こえた。
内一人の声は女生徒のものらしい。
もう一人の声は……何だか黒山君に似ている。
「ねえ、何か黒山君の声聞こえない?」
皐月に確認を取る。
「うん、あっちの方からだよね。ちょっと行ってみる?」
やっぱ皐月にも聞こえたよね。私達は迷わず声のする方を辿っていく。
私達の向かっている方に進めば進むほど、周りが暗くなっていく。
道中生徒や先生に誰一人会うことなく、先程聞こえた声がなければ人がいるとも思えなかっただろう。
どこか鬱蒼とした森林の中に迷い込んだ心地がして、少し気持ち悪くなった。
「……ねえ、やっぱ引き返そうか?」
私の様子が見た目にも明らかにおかしかったのか、皐月が声を掛けた。
「ううん、このまま行こう」
私はそう返す。大丈夫、ここは学校の中なんだし変質者なんてそうそう現れやしない。そう自分に言い聞かせ、そのまま進んでいった。
勘だけどここで帰ってしまったら、黒山君とは当分会えない気がしたのだ。
そして第一校舎の片隅で女子に因縁を付けているかのような黒山君を見た。
え、これは一体……?
嫌な想像が頭を駆け巡り、さらに嫌なことを思い出してしまって心臓をバクバクさせていると
「演劇の練習よ。驚かせちゃったかな」
と黒山君と対峙していた女子が状況を説明してくれた。
彼女は最初見たときとは打って変わって冷静な様子であり、それを見た私の心もたちまち落ち着いた。
そうだよね、黒山君が本気でそんなことするわけないよね。勿論、私はわかってたよ。うん、わかってた。
その後状況を改めて確認し、彼女が黒山君に協力してもらっている奄美先輩だとわかった。
相手は先輩であるとだけ話を聞いてたから勝手に黒山君と同じく男の人なのかと思ったけど、女の人だったんだね。何か黒山君と交流持ってる人って今のところ女子しか見てないんだけど、どういうことなんだろう。
ともかく、私達の元に黒山君がいなくなって数日が経った現在。
「アイツ、このまま私達と徐々に距離を置こうとしてるんだと思う」
マユちゃんの言ったことが私に衝撃を与えた。
「へ、ええ? 一体、どういうこと?」
思わず変な声を上げてしまったが、それも構わずマユちゃんの言葉の意味を改めて尋ねた。
「そのままの意味。アイツは元々人と関わるのが好きじゃない。今までは私やミユがどうにかしてアイツを引き留めてきたけど、今回アイツは新たに先輩からの依頼をこなすっていう口実ができた。それをいいことに私達との付き合いを避け続けて、最終的に私達がアイツと疎遠になることを図ってる。そんなことを企ててもおかしくない」
そう語るマユちゃん。いつものようにちょっと閉じた目つきで口元を緩めず放った言葉は、悪い冗談ではなく本気で言ってるのだと感じてしまった。
「えっと、整理したいんだけど、アイツって私達と関わるのをわずらわしく思ってたってこと?」
「……皐月や凛華には言いづらいけど、そういうことになる」
皐月の確認に対して、マユちゃんが少し間を置いて答えた。
そうだったんだ。
正直、今までの黒山君の態度から全く感付いていなかったのかと言えば嘘になる。
それでも黒山君から直接拒絶されたことは特になかったから、本気で嫌だったわけではないんだろうとも思っていた。
でも、今の状況はどうだろう。
私や皐月より黒山君と付き合いの長いマユちゃんが黒山君の性格をそう語っている。
マユちゃんの言葉を裏付けるかのごとく、黒山君は先輩への協力を理由に私達との交流を遮断している。
無論、マユちゃんの勘違いという可能性はある。
先輩への協力も黒山君が純粋な善意でやってることで、それに集中したいから私達と遊べないだけという可能性も残ってはいる。
ただ、このときの私はそこまで事態を楽観できなかった。
「……ゴメン、次の授業の準備があるからそろそろ戻るね」
「え、ちょ、ちょっと凛華」
マユちゃんとミユちゃんの返事を待たず、そのまま教室の出口の方へ向いて歩き出した。
後ろから小走りの足音が聞こえる。皐月が私を追いかけてくれてるのだろう。ゴメン。
「……わかった、またね」
「凛華ちゃん……」
二人の声が聞こえたとき、私はもう教室の外に出ていた。