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第090話 どう思おうが

 夜、私はカーテンの閉めた自分の部屋の電気を消し、ベッドの上にバタリと倒れる。

 寝転んで体を仰向けにすると部屋の外の廊下からうっすら明かりが漏れているのが見えた。

 その光が鬱陶しくなって腕を目の上に置いてアイマスクの代わりにする。

 そんな状態でずっとぼーっとしていた。


 普段なら家でもっと遊んでいた。

 友達とチャットで話したり、人気の配信動画を見たり、ラノベを読んだり、たまに授業の予習・復習をしたり、とにかく就寝の時間までもっと色々なことをやる。毎日時間が足りないと感じていた。

 でも今日は、時間が長く感じられた。

 ベッドの上でただ寝転び、スマホで何か暇を潰す気にならない。

 夕飯も食欲が大してわかなかったけど、折角母が作ってくれた料理を残そうと思えず何とか口に運んだ。

 そんな中、いやもっと前から頭から離れないのは一つ。


 私、避けられてたんだなー、ということ。


 黒山君とは出会ってどのくらい経ったか。

 初めて会ったのは一学期の、体力テストの少し後だから……4ヶ月近くか。

 それから彼のことを少しでも知れたらと思い、ちょくちょく話をした。遊びに行ったことも何度かあった。

 それを通して、少しは黒山君と仲良くなっていたつもりでいた。


 仲良いと思っていた相手から実は疎まれてたっていうのは、結構しんどいことだったんだなー。

 今までそんなこと味わったことなかったから、心の中で未だにその衝撃が響いている。

 気を紛らわそうにも、自分の気持ちは中々切り替わってくれなかった。


 今日はもうこのまま寝ちゃえと目をつぶっていると、スマホの通知音が鳴った。

 皐月からのメッセージかな。

 ゴメン寝てたって明日返すことにして、今日は読まずに寝に入ろうかな。

 そんな思考が頭を過ったけど、皐月とはほぼ毎日今ぐらいの時間にチャットしており、いつもよりずっと早くに寝てたって知ったらまた心配するかもなあ。

 しょーがない、見るだけ見て返事はしようとスマホの通知を確認すると意外な人からメッセージが届いていることがわかった。


 マユちゃんからだった。

 いつものミユちゃん、皐月、そして黒山君もいる五人のグループチャットではなく、私一人だけに宛てられたものだった。

「黒山の件でお願いしたいことがある。よかったら明日……」

 冒頭にそう書かれたメッセージの続きには、来てほしいという日時と場所が記載されてあった。

 黒山君の件? 何だろう。

 どうにも捨て置けず、「わかった。行く」と返信してスマホの画面を閉じた。



 翌日の放課後、私は第一校舎の裏に来ていた。

 薄暗い場所であり、私にとっては苦手な場所だがそれ以上にマユちゃんからの用事の方が気になっていた。

 待っている内にマユちゃんが姿を現す。

「やあ、マユちゃん」

「ん、凛華。来てくれてありがと」

 マユちゃんが私と向かい合って数歩ぐらいの距離まで来たところで立ち止まった。


「それで、本題。黒山を私達の所に戻す案が浮かんだ」

「え?」

「その案を実現するのにできれば凛華の協力が欲しい。協力してくれない?」

 マユちゃんの言葉を理解するのに少し時間が掛かった。

 黒山君を私達の所に戻すって……どういうこと?

「……ゴメン、答える前に幾つか確認させて」

「わかった」

「案って、成功したら黒山君がまた私達四人と以前みたいに交流するようになるってこと?」

「その通り」

「黒山君はそれを嫌がってるんじゃなかったの?」

「私はそう認識してる」

「なら、そんな黒山君の嫌がることをするのはどうして?」


 私が黒山君のことをもっと知りたいという気分は今も変わっていない。

 しかし、黒山君が私と、私達と関わるのを、ここまでするぐらい嫌がっているなら止めるべきなんじゃないかとも思う。

 黒山君が飽くまでも一人で日々を過ごしたいというのなら、彼の気持ちを尊重すべきだと思う。

 それなのにマユちゃんは、そのことに構っていない。

 黒山君が私達との交流を拒んでいると認識しながら、ずっと黒山君と付き合いを続けるつもりと言っている。

 マユちゃんが何でそんなことをやれるのか、私には理解できなかった。


「……私には私のやりたいことがある。そのためにはアイツと関わることが必要不可欠」


 マユちゃんからもたらされた言葉は、私の理解を超えるぐらい自己中心的だった。

「やりたいこと? それって何なの?」

「悪いけど、今は詳しく話せない」

「何で?」

「言えば必ず私の目的に支障が起きる。凛華だけじゃなく誰にも話せない。こればっかりは凛華でも譲れない」

 マユちゃんはいつもと同じく淡々な口調で話した後、口をぎゅっと結んだ。

 下ろしていた両手に握り拳を作っていた。

 その彼女の姿を見て、これ以上は訊き出せないことを悟った。


「……そもそも、アイツが私達のことをどう思おうが私達が気にする義理はない」

「え?」

 何言ってんの。

「アイツはアイツのやりたいことをやって、結果私達との交流を今断ってる。そこに私達の事情は考慮されてない。ミユが、凛華が、皐月が、どう思うかなんて一切気にしてない」

 マユちゃんがここで、言葉を区切った。


「なら、私がアイツに対してやりたいことをやってもアイツが文句を言う筋合いが、あるわけない。凛華だってアイツに遠慮する必要はないっていうのが私の考え」


 そんな言葉を聞いたとき、私はどんな反応してたんだろ。

「……何て言うか、すごく我が強い考えだね」

 自己中心的、利己的、傲慢、横暴、詭弁、色んな言葉が頭に浮かんだけどその中でもまだマシな表現を口にした。それでも「我が強い」なんて、今まで人に言ったことないなぁ……。

 マユちゃんがフっと口元を緩めた。

「自覚済み。アイツ程とは思ってないけど」

 アイツって、黒山君のことだよね。


 言われてみれば、あの球技大会の後でもそんな節はあったじゃないか。

 面倒事を他の人に押し付けようとする彼の姿を見たからこそ、私も黒山君に対して同じことをしてもバチは当たらないよねなんて、考えていたのだ。

 そのことを思い出したら何か気が楽になってきた。

 単純かもしれないけど、さっきまでの自分に比べればやる気が出てきた。


「わかったよ。私も協力させて」


 私はマユちゃんのお願いを受け入れた。


「ミユちゃんと皐月はいいの?」

「二人にはこれから協力をお願いする予定」

「へえ、何で私を最初に?」

「……内緒」

 第一校舎の裏手を出ながら、私達は普段の調子で話していた。


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