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第150話 修了

 三月も下旬になり、ようやく暖かさが実感されてくる。

 桜がつぼみを見せるにはまだ早いようだが、風のない日は外に出るのもさほど億劫にならず緑が少しずつ色付いている。


 今日は修了式だ。

 特に知り合いのいない三年生の先輩方の卒業式はいつの間にか過ぎ、在校生にとっての区切りである式典が行われる。

 俺はいつも通りに登校してきて、自分の席に腰を下ろした。


「おはよー、黒山君」

 同じ一年二組に所属する安達から挨拶を受ける。この一年ですっかり慣れちまったが、来年度からはクラス替えでありひょっとしたらこれが最後になるかもしれない。

「おう、何か楽しそうだな」

「まーね、明日から春休みだし」

「そうか。また妙なもんに手を出したのかと」

「君を名誉棄損で訴えてもいいかな」

「勘弁してください」

 今の会話だけで名誉棄損が成立するとは思えないが、一応穏便に事を済ませる。


 安達と少し話した後、加賀見が訪ねてきた。

「おーっすミユ、黒山」

「おはよー、マユちゃん」

「ああ」

「アンタ相変わらず元気なさそうだね」

「ストレスの元が身近にあるからな」

「え、そーなの? お気の毒に」

「毒に言われても、て気分だな」

「今何て?」

「いえ別に」

 加賀見さんがポケットから何かを取り出そうとしている。その正体を知る前に今自分の言った言葉を撤回した。


 ちょっとすると春野と日高が二組の教室にやってきて会話に加わった。

 いつもは業間や昼休みに来る二人だが、今日は午前で放課なのでこのタイミングで来たようだ。

「今日の放課後、どこ寄ってく?」

「またあの喫茶店行かない?」

「ああ、あそこね。いいよ」

「今日はアンタも一緒ね」

 加賀見がしれっと今日の放課後の予定に巻き込んでくる。

「しょーがねーな」

 奴らの誘いに応じることも、最近になってやっと慣れてきた。

 何回かこなしている内にそういうもんだと次第に思っていくのが自分でもハッキリ感じていった。


 修了式の日でも安達・加賀見・春野・日高と関わっているのだ。

 俺の二年生の生活がどうなるのか、今からとても不安になる。

 でもまあ、なるようになっていくか。


 当面は明日に来る春休みをのんびり楽しむとしよう。




 九陽高校の入学式の数日前。

 奄美葵は姉である奄美雛の部屋へ入ってきた。

「あれ、いたんだ」

「そりゃいるよ。私の部屋なんだから」

 雛が机で何やら準備しているのをよそに葵はベッドへ飛び込む。

「髪型変えたの?」

「うん」

 葵は昨日まで髪を後ろで一本に縛った、いわゆるポニーテールをしていた。

 短いながらもウェーブのかかった髪でまとめられたその形はどこか優美に感じられた。

 今はその髪をまとめず自然のままに下ろしている。

「高校生になったら変えてみようと思っててさ」

「何でまた」

「気分」

「あっそ」

 雛は話題に興味を失い、座っている椅子の向きをベッドから机に戻した。

「……それはそうと、アンタ入学の準備大丈夫なの?」

「えー、大丈夫だよ。届いた制服も通学鞄もチェックしたし」

「内履きは?」

「問題なし」

「そ。まー新しい高校生活頑張ってね」

「他人事っぽく言ってるけど、お姉ちゃんと同じ高校だからね」

 葵はベッドに寝転がりつつ、思いを巡らす。


(高校に入ったらとりあえずコンタクト取ってみるか)


 モブになりたかったとある高校生は、また新しい波乱に巻き込まれるのかもしれなかった。


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