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第189話 つんのめった

 俺がファミレスの御手洗から帰るとき、

「やっ」

 通路にて日高とすれ違った。


「さっきのプレゼント、よかったよー」

「そうか、喜んでくれて何よりだ」

 挨拶もそこそこにさっさと自席へ戻ろうとしたが

「今ちょっと時間くれない?」

 日高が待ったを掛けてきた。


「どうしたんだ。囲碁は碁盤がないからムリだぞ」

「何でファミレスでそんなことに誘うのさ。もっと他の用事」

「チェスか」

「違う」

「それじゃモノ○リーか。しょうがない1分だけな」

「ボードゲームから離れてよ。しかも1分じゃ終わらないでしょそれ」

 何だ違うのか。じゃあ何の用事か皆目見当付かないな。

 俺と日高は客や店員の邪魔にならないよう、一旦ファミレスの通路の端の方に避けた。

「で、もう一回聞くがどうしたんだ」

「ちょっと聞きたいことがあってさ」

 日高は通路の壁に寄り掛かった。


「凛華とあれからどうしてる?」

「……? 特にどうもしてないぞ」

「二人でどっかに出掛けてないの? 植物園の後にさ」

「いや特に」

「凛華から何か誘われることもなかった?」

「ないな」

 春野からは確かこれからも俺と二人で外出しようと持ち掛けられたが、それから話は進んでいない。

 春野が行き先を考えると言ってそれっきりだ。

「……はー、苦労しそうだねこりゃ」

 日高が額に片手をやってうつむき、癖のある前髪がダランと垂れた。


 ……これは、そうか。

 まーた日高の野次馬根性が炸裂さくれつしてるのか。

 この前の植物園の件でも春野に陰でいろいろと助言(笑)していたように、春野と俺の仲が進展しているかどうかが気になって仕方ないらしい。

 だとしたら残念だったな。

 恐らく日高が期待するような進展なんて一歩たりともないぞ。

 植物園の件があってからも春野と俺の距離なんて全く変わっていない。少なくとも俺にとっては変わったという認識がない。

 そもそも恋人のいる生活が俺には考えられないのに進展も何もあるはずがない。


 日高だって俺の一人になりたい願望はいい加減知ってるだろうにどうして春野と俺の関係にこだわるのか。

 王子……は除外するとしても他に性格や容姿に優れた素敵な男性など校内にも何人かいるでしょーに。

 さらに春野は校内でも有名な美少女なのだ。春野の彼氏になりたい男子など枚挙に暇もないのだから、いっそ日高がそういう男子からよさげな奴を見繕って春野に紹介すればいいじゃないか。

 春野が見慣れない男を相手にするのを不安がるかもしれないが、最初は日高がサポートしてやれば春野だって否やはないだろう。

 そうして徐々に春野を相手の男と交流を積み重ねさせて、もう大丈夫だと判断したタイミングで春野とその男を二人きりにしてやればいい。

 時には日高の方から春野、場合によっては相手の男へアドバイスを授けて二人がより親密になるように取り計らえばいいじゃないか。

 今まで春野と俺に対して散々やってきたみたいに。


 そうすればとても順調に幼馴染の恋愛が醸成されていく様子を見届けることができると思うよ。

 何なら俺もちょっと見てみたいぐらいだ。

 中高生の男女一組が時間をじっくり掛けて徐々に相思相愛になっていき、最終的には順当に交際するという至ってピースフルなハッピーエンド。そういうタイプのラブコメを現実世界で見られるなら俺も観客として参加したい。見られるならね。


 さて、脳内で日高への愚痴を吐き出すのはこれまでにするか。

「とりあえず、もう行っていいか?」

「ああうん、ゴメン、それじゃ……」

 日高が壁から体を離して一歩踏み出した直後、急に日高の姿勢が前へつんのめった。

 踏み出した足が軽快に後ろへ跳ね上げたのを見た俺は転ぶ直前の状況と判断し、即座に日高の前へ回り込んだ。


 そして前へ倒れそうになった日高を受け止めた。いや、受け止めてしまった。


 日高の脇腹の辺りを俺の両腕で前から支えつつ、日高の顔が俺の胸元にピッタリとくっついていた。

 これ、猥褻罪わいせつざいとかで訴えられないよね? 大丈夫だよね?

 訴訟のリスクにおびえていると日高が顔をゆっくり上げた。

「あ、ありがと……何か足が滑っちゃって」

 日高が礼を述べた。どうやら訴えられる心配はないようだった。

「そうか。別に大したことないから気にするな」

 何となく人目を集めそうな予感を察した俺は日高から離れてさっさとテーブル席の方へ足を運んだ。

 日高は付いてこなかった。御手洗に用事があったのかな?


 その後日高がしばらくしてからテーブル席へ戻ってきたが、さっきより落ち着いた雰囲気であり春野に

「皐月、何かあった?」

 と心配されていた。

 日高は

「え、いや何でもないよ、やだなー」

 と笑い飛ばしていた。


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