葵が俺の部屋の前にいる。
声色からして俺の知ってる奄美葵と別人という線は考えづらく、ソイツがお見舞いに来たとか言っている。
「……そうか。御足労頂いて悪いがアポ取ってない人とは面会しないことにしててな」
葵が見舞いに来るなんて話は聞いていない。聞いていれば当然断っていた。
「事前にお話ししなかったのはすみません。ただ、風邪と聞いて何もしないのはどうかと思いましたので」
「気持ちだけ受け取っておくよ。でも今の俺に近寄ると風邪が移るかもしれないぜ」
「その辺りは注意しますので御心配なく」
「いや注意って言ってもな……」
「葵、ちょっといい?」
葵と俺のやり取りに
ってその声は……
「え、加賀見先輩?」
俺の予想した人物の名前が葵の口から出た途端、葵と俺を分かつドアがガチャリと開かれた。
ドアを開いたのは葵、ではなく去年から見覚えのあるツインテールの同級生。
「いつまでウダウダやってるの、黒山」
そうだね、加賀見だね。
「……お前も来てたのか」
聞こえてきた足音が一人のものとは思えなかったから、ドアの向こうにいるのが葵だけではないことは当たりを付けていた。
しかし、今特に会いたくない奴まで自宅に押し寄せるとはな。今日は厄日なのか? お
「……加賀見先輩、大胆ですね」
いの一番に踏み込んだ加賀見に引き続き葵が入室する。
俺ではなく加賀見に対して視線を向けており、その表情や身振りからは加賀見に引いている様子が伺えた。
ただでさえ葵から見た加賀見の第一印象は怖い先輩だろうに、たった今のように傍若無人な態度を見せたらますます萎縮されることだろう。こんなのが俺の先輩じゃなくてよかった。いや同級生でしかも今は同じクラスだから一緒の時間長いんだよなあ。先輩の方がマシだったか?
「葵、コイツを相手するときはこんぐらいしなきゃ
「確かにそれは最近感じてましたけど」
え、何か今すごい恐ろしい会話してない?
葵さん、あなた加賀見の所業に引いてたのにそこは同意しちゃうの? ちょっと怖いから近寄らないでもらっていいですか。
そう思っている内に、
「えーと、失礼するわね」
「黒山君、大丈夫?」
「ゴメンね、こんな大勢でいきなり押し掛けちゃって」
「黒山が風邪なんて初めて聞いたから」
奄美先輩・安達・春野・日高が俺の部屋に続々と入ってくる。
おお、この面子って春野と俺の誕生日会以来じゃないの。
俺の方へ見舞いに来てくれた(ありがた迷惑な)安達・加賀見・春野・日高・奄美先輩・葵にはとりあえず母親が持ってきた座布団に腰を下ろしてもらった。
一介の学生の私室に七人ともなれば当然狭くなり、各々互いの間隔に気を付けた姿勢を取る。何でこの人達は来る人数を絞らなかったんだろうか。
「ねえ黒山君、今お体の調子はどう?」
春野が声を掛ける。お医者さんかな。
「頭痛もなくなって、寒気もあるが今朝よりはマシだな」
お前らがいなけりゃもっとマシなんだが、とは春野や奄美先輩の手前もあり口にはしなかった。
「サッちゃんも言ってたけど、黒山君が風邪引いたなんて初めて聞いた」
「俺は病気をしないなんて超人じゃないぞ」
聞いたっていうのは言うまでもなく葵からだな。俺がコイツらに言うわけないし。
それに風邪なんて普通に何度か引いたことぐらいあるし、うなされる中でこのまま死ぬんじゃないかと弱気になったこともある普通の人だぞ。
去年とかは一年間これといった病気もなく過ごした記憶があるがそれは珍しいケースだ。
そして今年は夏風邪デビューと、これまた珍しいケースを打ち立ててしまった。この調子でコイツら全員転校という珍しい展開が起こってくれればなあ。
「黒山君、私達にできることはないかしら?」
帰っていただけませんか。
と言えたらどんなに気分がいいだろう。
「今は特に問題ありません」
さすがに先輩へ直接言うわけないけれど。
「胡星先輩、昨日から体調はおかしかったんですか?」
葵含め今この場にいる女子達とは昨日の金曜にも学校で顔を合わせている。そのためか無性に気になったのだろう。
「いや、昨日は至って健康だったぞ。朝起きたらいきなりこんな具合だ」
「はあ、そうだったんですか。……原因に心当たりは?」
「うーん、それが特になくってな」
昨夜したことについて、風邪に結び付くものがどうにも思い浮かばない。
「昨晩も以前お教えいただいたような、ラノベやマンガを読んでからの御就寝って感じだったんでしょうか?」
葵の確認する様子に対して他の女子達が「え」「お教えいただいたって何」と何やら小声が差し挟まれるが構わず答える。
「いや、その日は新しいことにチャレンジしてた」
「チャレンジ?」
「扇風機強風、冷房強めという環境下で布団なしに眠ってみるチャレンジ」
「……なぜ?」
「体の中に冷気を貯め込んでこの夏を乗り切れないかと思って」
「……その結果がこれなのでは?」
え、そうなの?