目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第218話 看病

 葵との会話の途中、またしても俺の部屋のドアからコンコンと音が鳴った。

「胡星、お友達へのお茶とお粥持ってきたけど開けていい?」

「ああ、どうぞ」

 と答えるとドアが開かれ、お盆を両手に持ち直した母親が部屋に入ってきた。


「ああ、お気遣いいただいてすみません」

 奄美先輩が真っ先に母親へ声を掛けた。

「いいのいいの」

「あ、ありがとうございます」

「「「「ありがとうございます」」」」

 春野が母親にお礼を言ったのを安達・加賀見・日高・葵が一斉に続く。挨拶が揃う辺りに放課の際の教室で生徒達が合唱する「さようなら」を妙に連想してしまった。


 母親は女子達にお菓子を振る舞った後で俺の枕元近くに塩粥を置いた。

「胡星、具合はどう?」

 俺が朝の内に頂いた塩粥を盛っていた茶碗をお盆に上げつつ、母親が俺の体調を尋ねる。

「朝よりはだいぶマシだな」

「そう。今日はゆっくり休んでね」

「できることなら」

 何がおかしいのかフフ、と母親は笑い

「それじゃ、皆もゆっくりしていってね」

 と女子達へ呼び掛けてから部屋を後にした。


「……黒山のお母さん、今日初めて会った」

 加賀見がそんなことを宣う。

「胡星先輩と雰囲気が違いますよね」

「そうだね。ちょっと緊張しちゃった」

「葵ちゃんは前に黒山くんの家にお邪魔したときに会ったんだっけ」

「ええ」

 察してはいたがコイツらの今のやり取りからするに、やっぱ葵がコイツらを俺の家に案内したのか。

 そりゃそうだよな。このグループの中で俺の家の場所を知ってるのは俺と葵ぐらいだもの。


 俺の同級生たる女子四人は俺の家で遊んだためしがない。

 安達・加賀見・春野・日高・俺の五人で遊ぶときは外か、何かと融通の利く安達家へ移動するのみであり、俺は安達以外の家の場所もろくに知らない。

 女子四人は互いの家に遊びに行ったこともあるんだろうが、俺の家に女子四人が訪問したのは今日が初めてのことだった。


 できればあんまり知られたくなかった。

 前もって俺の家に上がり込むことを申し出られたら即座に断ればいいだけだが、それでも家の場所が知られると突然遊びに来られたときに対処しきれない。

 今日まさしくそんな事態になっている以上、その懸念は現実に迫ったもののように思う。遠い所にアパート借りようかな。



 何はともあれ、母親が部屋から出て女子達との会話を再開することに。

 きっかけは葵だった。

「さて、胡星先輩」

 葵は俺の枕元に置かれた塩粥入りの茶碗と蓮華れんげを手に取った。

 あれ、お菓子より粥の方を食べたいの?

 そんなことを思ったのもつかの間、


「はい、あーん」


 と歯医者でよく聞くセリフを口にした。

 歯医者と違うのはここが歯科医院の診察室でないことと、そのセリフを言い放った彼女が蓮華で掬った粥を俺の口元に差し出したことかな。


「え、葵ちゃん……?」

 葵の行動にいち早く反応したのは俺ではなく、春野だった。

 そう言えば植物園で飯食ってたときも春野と似たようなことを互いにやってたな、なんてことを思い出した。

 安達・加賀見・日高は何だ何だというばかりに俺と葵の方へ注目していた。

 顔つきがいつもよりやや固くなっており、俺達が繰り出してる光景を不審に思っていることが察せられた。いや、帰れよ。


「葵、何してるの?」

 奄美先輩が春野に遅れて葵へ質問。

 口元を少し緩めて問い掛けるその姿は叱る前にあえて優しく接するときのような空恐ろしさがあった。あの、事情はよくわかりませんが機嫌を害されたのなら本日はもうお帰りになった方がよろしいのでは。


「何って、胡星先輩の看病だけど」

「黒山君、お粥を自分の手で食べるのは難しい状況かしら」

「いえ特には」


 痩せ我慢してるわけでもない。母親にも話した通り今はだいぶ体調が治まっているところだ。

 素人判断だからまた悪化する可能性もあるけど、少なくとも今まさに苦しいなんて状況ではない。

「本人がそう言ってるわよ、葵。かえって迷惑だからやめなさい」

 奄美先輩、妹さんへやんわりと諭す。

 俺としても人目のある前で「あーん」をして食べさせてもらうのはそれなりに抵抗があったので否やはない。


「えー。先輩、そうは言っても体を動かすのしんどくないですか?」

「大丈夫だ。それに今は大して腹も減ってないから後で食べる」

「冷めちゃいますよ」

「別に気にしない」

 塩粥については冷めても別段気にしない。空腹のときはスイスイいけちゃう。


「わかりました。食べたいときは遠慮なく言ってくださいね」

「だから黒山君が望んでないことはやめなさいって」

 奄美先輩の注意も何のその、葵は茶碗と蓮華を元に戻してさっき自分の座っていたところに着席。


「な、何かスゴいね、葵ちゃん」

「スゴいって何がです?」

「普段から他の男にもあんな距離感で接してる?」

「いえ、全く」

「葵ちゃん、黒山君にはあんな感じになるんだ……」

「いや凛華も……いやハハハ」

「ホント、何でこうなったんだか……」

 女子四人と奄美姉妹が会話を交わす。

 二年二組の教室での休み時間とそんな変わらんシチュエーションだが、今日は奄美姉妹が加わっている分、それ以上に騒がしくなりそうな予感がひしひしとしていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?