「ところで黒山君」
「何だ」
「おでこの方、冷やさなくて大丈夫なの?」
安達が自身の額に手を当ててそんなことを問うた。
「あー、そういうの鬱陶しくてな」
「鬱陶しい?」
「貼り付ける形の奴で冷やすと違和感あるし、ちょっとしたことですぐ剝がれるし」
「じゃあ濡れタオルとか氷水とか」
「もっとデコから離れやすくなるだろ。それに余計頭が動かしづらくなる」
というわけで俺が風邪を引いた場合はなるべく頭を冷やす処置を行わないようにしている。
母親も慣れているので特に何も口を挟んでこない。
「アンタねえ……」
加賀見が立ち上がってベッドの方へ、つまりは俺の方へスタスタ歩いてくる。
今更だがその足には来客用のスリッパを履いており、加賀見の足をスッポリと覆って
「病気なのにはっちゃけたことをやられたらたまったもんじゃないぞ」
「私はそんな鬼畜じゃない」
え、どの口が言うの? 貴女に嫌がらせを受けたのは1回や2回じゃないですよ。
と思っていると加賀見は自分の額と俺の額に手を当てた。
傍らで「マ、マユちゃん?」と加賀見の親友が呼ぶ声にも構わず、加賀見はじっと手を当てた後で両方の額から手を離した。
「そんなに熱くはないかも」
俺と自身の体温を比べて診察したというのはすぐわかった。
余談ながら、最初に加賀見が俺の額に手を近付けてきたときはデコにチョップでも食らわすのかと身構えていた。
その割には手がやけにゆっくり動いていたから妙だとは思っていたが。
「いや、体温ぐらい体温計ですぐ測れるだろ」
「時間掛かる。アンタも測り直すの面倒でしょ」
「そりゃあなあ……」
面倒なのは確かだが、お前に寄られる方が遥かに面倒なんだよ。また暴力一歩手前の被害を受けるのかとビクビクしたぞ。
で、そんな様子を見ていた面々。
「加賀見先輩? そんな不用意に接触すると風邪が移るかもですよ」
「心配ない。私はそんなヤワじゃないから」
嘘付け。お前去年は風邪で3~4回ぐらい休んだだろ。安達がしょっちゅう見舞いに行ってたイメージ強いぞ。
葵以外は特に加賀見の行動に物申すこともなく、何を考えているのか曖昧な表情で加賀見を見ていた。イヤ加賀見の嘘に誰かツッコもうよ。ほらしょっちゅう見舞いに行ってた安達さんとか。
コイツらとの相手で疲労が貯まったためか一気に眠くなってきた。
「なあ、もう寝ていいか? どうも眠くってな」
「わかった」
「そういうことなら、私達もそろそろお
奄美先輩が立ち上がってそう女子達に提案する。おお、いいぞ先輩。
「そうですね、黒山君の邪魔すると悪いですから」
「急にゴメンね、黒山君」
「早く元気になって、来週教室で会お!」
「じゃ」
他の女子達も呼応して次々立ち上がっていった。
ああ、また来週か……。
ただでさえ今日はまともに休めた気がしないのに、来週もこの女子達と顔を合わせるのか……。そろそろメンバーの再編成とかやって心機一転を図ってもいいと思うんだよな。具体的には俺を脱退させて全く雰囲気の違う一年生を参入させたら盛り上がるんじゃないかな。
「……私なら静かにしますけど」
「そんなこと言わないの。ほら行くわよ」
座ったままの葵の片腕を掴んで引き上げる仕草を見せる奄美先輩。
こういう妹の世話を焼くシーンを見るとこの二人が姉妹なんだなという基本的な事実を改めて感じさせられる。
「葵、黒山なら来週また学校で遊べばいい」
「……なら、そうします」
加賀見の一押しによってやっと立つ葵。加賀見、遊ぶっていうのは俺「と」って意味だよな? 断じて俺「で」って意味じゃないよな?
そんでもって葵さん、加賀見の言うことは素直に聞くのね。奄美先輩と二人で同じように促されて分が悪いと感じたのか、はたまた純粋に加賀見というおっかない先輩に逆らえなかったのか。うん、きっと後者だ。
「それじゃ黒山君、お大事にね」
奄美先輩の挨拶を皮切りとして女子達も各々の言葉でお大事に、と部屋を出ていった。
コイツらが部屋に入ってきたときよりもどこか清々しい気分になれた。
「じゃあな」
と俺も一言女子達に挨拶を返し、ベッドの上で目をつぶった。
一人になった安心感ゆえかすぐに意識を手放し、夕方まで眠りに就いた。
夕方になり部屋のドアをノックする音で目が覚め、部屋に入った母親が夕飯用の粥を持ってきた。
「アンタもあんなお友達いたんだね」
「……学校でよく会話はするな」
お友達、という表現に引っ掛かりを覚えたのでそこは濁した。お友達だというのなら俺のやりたいこと(ソロ活動)を尊重してくれてもいいんじゃないかな。
「でも、男の子はいなかったみたいだけど、どうして?」
お昼に頂戴した粥の茶碗をお盆に仕舞っている母親から来た質問に面食らった。
「……成り行きでこうなった、としか」
いやもう本当にそれしか答えようがない。