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第220話 詳しくなって

 今風邪引いてる。


 黒山を遊びに誘った葵は、そのような返信を受け取った。

 一緒に送られてきた高熱を示す体温計の画像がなければまず嘘を疑っていた。黒山ならやりかねない。

 気の利いた返しがすぐには思い浮かばず「お大事に」とだけ言ってひとまずメッセージのアプリを閉じた。


 あの先輩が風邪を、という思いが葵の頭の中に真っ先に出てきた。

 黒山については例の櫻井の一件をはじめ、いろいろとその行動を目の当たりにしている。

 基本的には運動能力が恐ろしく優れ、何かに負ける様子が想像付かない人物だった。

 その人が風邪で寝込んでいるという事実が意外というほかなかった。

 不謹慎は承知の上で、結構人間らしいところもあるように感じられた。


 黒山のことに対してそう噛み砕いていると、葵は段々と心配にもなっていった。

 今のメッセージのやり取りを思い返せばそんな大事おおごとでもないとは思う。

 しかし、自分のいない間に妙な事態が起きはしないか。

 考えていくうちに、やがていても立ってもいられなくなった葵は雛の部屋に向かった。



「黒山君が風邪?」

 寝耳に水とはこのことであろう。

 最初は妹が悪い冗談を言ってるのではと、雛は疑った。

「これ見て」

 と葵が黒山とのやり取りを表示したスマホを向けてくれたお陰で雛は状況を理解した。

 葵が黒山と個別にメッセージでやり取りしてたのが少々気になったが、今は置いておいた。


「それで、お見舞いとかどうかな?」

「へ?」

 思わずそんな返事が出た。

 別に入院しているわけでもない、普通の風邪かもしれない相手の家へわざわざお見舞いに行くのはどうであろうか。

「かえって黒山君に迷惑じゃない?」

「そうかな……いや、そうだろね……」

 葵も黒山の性格についていい加減わかってきたようで肯定した。


「でも、とりあえず先輩の様子は見ておきたい」


 勢いがないながらもはっきりとした声に、葵の剛情が滲んでいた。

 こうなるとこの妹は意思を曲げないことを雛は長い姉妹付き合いで嫌というほど思い知っていた。

「……はあ、黒山君には一緒に謝ろっか」

「ゴメンね、お姉ちゃん」

 そうして見舞いにはいつ行くかなどの細かい相談をした。


 その中で出てきた

「黒山君のお友達はこのこと知ってるの?」

 という雛からの疑問に葵は考える。

「……いや、多分あの人先輩方に知らせてないんじゃないかな」

 黒山の性格を考えれば何も知らせず一人で悠々と過ごしている可能性は充分にあった。

 可能性というか、その姿がありありと頭に浮かんだ。


「……私達だけ、ていうのも何だし念のため声掛けよっか」

 雛が呆れた様子で提案する。

 別に雛と葵だけで充分な気がするが、先輩方が黒山の風邪のことを一切知らずに過ごすというのが妙に哀れになってきた葵は彼女達に連絡することにした。



 いつ頃からか安達・加賀見・春野・日高・葵の五人で構成されたグループチャットが作られ、そこでしばしば女子達はやり取りしていた。

 そのグループチャットにて

「胡星先輩、風邪を引いたそうです」

 というメッセージを確認したとき、春野は一瞬混乱した。


 黒山が風邪を引いたなんてこと、一年のときには聞いたことなかった。

 何かの間違いではないかと春野が思っていたら、加賀見がさっそく反応した。

「葵、それ確か?」

「こんな画像が送られてきたので間違いないかと」

 と体温計の写真がメッセージに表示された。

 人の体温としては高い方と見られる数値が示されていた。


「それで、私は姉とともにお見舞いに行くつもりですが、皆さんはどうしますか?」

「葵、黒山の家の場所知ってるの?」

「ええ、知ってます」

 え、どうして?

 黒山が葵の家に遊びに行った話は聞いたことがあったが、その逆なんてあっただろうか。


 少し間が置かれた後に加賀見が返信した。

「わかった。私も案内して」

「わかりました」

 すると葵から返信が来た。

「葵ちゃん、私もいい?」

 と春野もメッセージを送ると次々に安達・日高と参加の意思を告げるメッセージが届き、結局グループチャットに登録された全員が行くことに決まった。



 奄美姉妹は安達・加賀見・春野・日高の女子四人と黒山家の最寄り駅で落ち合った。

 そこから黒山家に向けて、葵が道を案内していた。

「葵ちゃん、黒山君の家に行ったことあるの?」

 道中で春野が尋ねる。

「ええまあ。皆さんは胡星先輩の家へ行ったことはないんですか?」

 葵も二年の先輩達に対し、そのことが気になっていた。


「うん、今日が初めてになる」

「いつもは外かミユの家で遊ぶことが多くってねー」

「なぜ安達先輩の家が?」

「あはは、私の家はいつも親が遅くまで帰ってこないから、気楽に過ごしやすくて」

「ゴメンねミユちゃん」

「リビング広いのもあってついつい過ごしやすくて、いつも悪いね」

 安達に負担を掛けていることに改めて春野と日高は謝った。

 調子のいい話かもしれないが、悪いとは思いつつもついつい安達の厚意に甘えてしまっているのが女子四人の現状だ。


「そうだったんですね」

 言いながら葵は思い出した。

 黒山の母も誰かが遊びに来たのは葵が久しぶりだと。

 最初に道案内を頼まれたときは先輩達は既に黒山の住所を知っているものとばかり思い込んでいたから

(え、何言ってんのこの先輩)

 と思ってしまったが、改めて話を聞くとなるほど確かにこの人達は黒山の家の場所を知らないようだった。


 何だかんだ自分の方が黒山のことに詳しくなっているのでは、と考えないでもなかった。


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