例の風邪が治って週明け。
俺はいつものように放課後になって空き教室にやって来ていた。
「先日はゴメンなさいね、突然押し掛けちゃって」
今日はそんな奄美先輩の言葉から会話が始まった。
「いやいや。こちらこそお見舞いありがとうございます」
俺も先輩を前に社交辞令100%の返事をする。
「胡星先輩、体調はもう大丈夫なんですか?」
葵が心配そうに声を掛けてくる。
「いや、正直全然ダメだな。今すぐに帰宅しないと危ない」
「大丈夫みたいですね!」
葵が今見せた心配な素振りが演技かのように明るくなる。あれー?
「いや話聞けよ。ダメだって言ってるだろ」
「先輩、私最近あることができるようになったんです」
「何だ?」
何をいきなり全然関係のない話を。
「先輩の嘘を大体見破ることです」
関係ある話だった。しかも俺を憂鬱にさせる内容だった。
「おいおい、俺は嘘を吐くのも吐かれるのも大嫌いなタイプだぞ」
「ほら、さっそく嘘吐いてるってわかります」
そうですか。でも吐かれるのが好きじゃないのは事実だが。そもそも嘘吐かれるのが好きな人間なんて相当珍しいと思うが。
「楽しそうね……」
奄美先輩がぼそりと呟き、頬杖を突く。
見れば普段暇潰しに使うスマホを手に持っていなかった。
「奄美先輩?」
妙な様子を察し、とりあえず水を向ける。
だって奄美先輩がそうしてほしそうに見えたんだもの。
「いや、ここでの打合せもそろそろおしまいになるなって思っちゃって」
「ああ、そう言えば」
先日のデート練習で仰ってた件ですね。
奄美先輩は今年で高校三年生。
進学にしろ就職にしろ、そろそろ進路に向けて本格的に動かなければいけない時期だ。
「進路はもう決まったんでしたっけ?」
「ええ。
ほう。この辺じゃなかなかの難関校ですね。
「スゴいですね先輩。応援してます」
「フフ。ありがと」
適当に
去年の九月頃、奄美先輩と出会って少ししてから今の打合せが始まった。
実に10か月ほど、何なら1年近くと表現しても差し支えない期間、放課後をそれに費やしてきた。
二年になってからは奄美先輩の妹こと葵も参入してきてますます面倒に……いや議論が活発になったものだ。
だがそれももうじき終わる。
今まで俺の放課後の時間のほとんどを吸収してきた打合せにようやく区切りが付くのだ。
俺の心の内が快感に湧き上がってくるのと裏腹に、奄美先輩の方はどこかテンション低く感じられた。
これは、アレか。
結局王子と結ばれるという目的を果たせず終わってしまうからか。
今までしてきた打合せの目的は無論、奄美先輩が王子こと榊という俺と同学年の美男子と結ばれることだった。
それで最初の内は奄美先輩も俺も互いに意見を出し合い、そこで出た作戦を実行したことも何回かあったがことごとく失敗した。
それでも何かいい案はないかと互いに模索したが途中からそのネタも尽きてしまい、いつしか互いに作戦を互いに考えるという名目でスマホやらラノベを見て時間を潰すことが当たり前になってしまった。
場所は決まってこの空き教室で。
途中参戦した葵も当初は俺達が一向に打合せらしきことをしない件に突っ込んでたっけな。何かちょっと昔に思えるようなつい先日のことのような。
そんな具合だから目的が果たせずに終わるのは当然なのだが、それでも奄美先輩の立場からは無念に感じることだろう。
俺もその打合せに長らく協力してきた身だ。
「お姉ちゃん……」
葵もさっきの明るさを打ち消されたようにぼそりと反応した。
奄美先輩へどう言っていいのか判断しかねる様子がまざまざと表れていた。
どれ、ちょっと気持ちに余裕も出てきたので少しは奄美先輩をフォローしてみよう。
「受験が終わったら、また榊と結ばれるチャンスもできるんじゃないでしょうか」
さしあたり無難なのはこの辺りか。
奄美先輩は俺の言葉にハっとしたのか目をやや大きく開いた。
「あら、そのときはまた黒山君も協力してくれるのかしら?」
奄美先輩が頬杖を突いたまま、俺へ笑い掛ける。
ハハハ、また御冗談を。
「どうでしょうね。自分は結局お役に立てなかった身ですから」
この体たらくでは俺と作戦会議を再開する意義はない。奄美先輩もわかっているはずだった。
「私にすれば一人でやるより心強いわ」
「今度は榊の友人に協力してもらうのはいかがですか? 接点はあるわけですし」
王子とその友達の交流は一度だけだがあったのだ。
その縁で王子の友人と連絡を取ることはさほど難しいことではあるまい。
「まあ、どうするかはまた考えてみるわ」
ここで奄美先輩はこの話題を切り、適当な雑談を交わしてから解散となった。
その間、葵は奄美先輩の方を見て無表情となっていた。
何事かを思案しているようにも見受けられたが、奄美先輩が本当に榊と結ばれるのか心配しているのだろうか。