夏休みに入った。
新たな
少なくとも学業成績はいつも通り可もなく不可もなく。全て平均点を維持している成果がきちんと表れていて問題なし。
普通であれば休みが嬉しくない学生などごく少数だろう。
夏休みという長期のものであればなおのこと。
だが俺はこの夏休みにおいて一つ懸念を有していた。
そう、それは――
「黒山君、今日遊びに行かない?」
突然のイベント発生である。
上記メッセージの差出人は安達。
事前に何か聞かされていたわけでもなくいきなり今日の予定を組まされそうになっている。何でこの子はこう性急なんだろう。遊ぶ予定なら別に数十年先でもいいじゃない。
現在は安達だけだが、同様の遊びに巻き込む面子は他にも5~6人心当たりがある。何コレ多くない?
コイツらとの縁が切れないうちは大人しく誘いに応じなきゃいけない、とはわかっているもののそれでもできる限りは一人の時間も確保したい。
その一心でまずは安達にお断りの返信を送ることにした。
「すまん、今日は用事があって」
「用事って何の?」
「色んなことが積み重なっていて、一言では説明しきれない」
「わかった」
安達は
そんな呑気なことを思っていた自分に喝を入れたい。
だって、
「で、用事って何があるの?」
自分の部屋にこうして安達がやって来る可能性をすっかり失念していたんだもの。
思えば安達、だけじゃなく加賀見・春野・日高・奄美先輩はこの前のお見舞いでウチに来たんだった。葵の手引きで。
なら俺の住所はもうとっくに割れてるじゃないか。
だから断り方をミスるとウチに訪ねてくる恐れ(それもアポなしで)があるってことだった。
……ということを風邪引いたときでも懸念していたのに。最近こういう初歩的な見落としが多くなってきたように思う。この一年でストレスが積もってきて思考に支障を来たしているのだろうか。
話を戻し、安達に返事をしてから少し経った後。
他の女子達からはそれ以降特に連絡が入らなかったので、このまま今日は無事に生活を送れそうだなと楽観していたところで自宅のインターホンが鳴った。
一階にいた母親がすぐさま対応した少し後に階段をゆっくり上がる音が聞こえてきた時点で嫌な予感が一気に駆け抜けた。
あれ、何か先日も似たようなことがあったなと思いを巡らすうちにノックの音。母親がするときとは違う調子の響きがする。
「ハーイ、ドチラサマデスカ?」
なのでこちらも調子を変えた声で応対。いつもの俺とは別人のような高音に調整する。設定は日本語覚えたての人。
「安達です。黒山君、入れてもらっていい?」
ドアの向こうの相手は予想通りの人物だった。
予想外なのは俺の正体を事もなげに見破ったことだった。おかしい、こんなはずでは。
「クロヤマクンッテヒト、シラナイデスネー」
どっかのテレビ番組でやってたけど、ペットの犬に対して「君」とか「ちゃん」付けで呼ぶとその部分まで名前と認識しちゃうみたいですね。聞いてて目から鱗が落ちた思い出。
そんなことがふと頭を過りながら安達に応対していると突然ガチャリとドア開く。え、おい。
「こんにちは、黒山君!」
朗らかな挨拶とともに俺の部屋へズカズカ踏み込む安達に対し、とりあえず一言。
「入室を許した覚えはないんだが」
変声? もういいよメンドくせぇ。
「さっきの会話に乗るだけ時間の無駄だと思ったから先日のマユちゃんのやり方を参考にしたよ!」
そうですか。前々から思ってたけどお前ホント加賀見二号だな。
「で、何しに来たんだ」
お見舞いならもう要らないですよ。
「黒山君忙しいみたいだから、手伝える用事があれば手伝おうと思って来たんだよ!」
あら元気のいいこと。俺の風邪が移らなくてよかったね。
そんなわけで安達が家にやって来た。
来てしまったものはしょうがないので相手することにした。
とりあえずはさっき聞かれた「用事って何があるの?」の答えをば。
「あー、その用事だけど全部片付いた」
「え、ホント?」
「ああホントホント。安達がインターホンを鳴らした瞬間に全部スッと消え去ったのさ」
「何その幻みたいな用事」
だってお前の誘いを断るために用意した架空の用事だし。幻みたいなもんだろ。
「だからお前の方にわざわざ俺の部屋まで訪ねてくるほどの用事があるなら、そっち手伝うぞ」
「皮肉をたっぷり込めた言い方が黒山君って感じするよ」
おいおい、俺だって時と場所と場合を考えてものを言ってるんだぞ。今回はたまたま感情が先行したってだけで。
それに皮肉を言うレベルは加賀見の方が上だろ。もはやスペシャリストの領域だぞ。
「そんで私は特に事務的な用事があって来たわけじゃないよ」
「え、そうなのか?」
「うん。遊びに来ただけだから。メッセージで伝えたでしょ」
うん、そうだったね。