さて、水族館にやって来た。
駅から出発したときは少し不機嫌な様子の葵だったが、加賀見や俺と雑談するうちにすっかり元の明るい生意気な調子に戻っていた。生意気な部分は戻んなくてもいいのにな。
そんな葵が入場して一番に声を上げた。
「さあ、せっかくそれなりのお金を払ったんですからしっかり楽しみましょーか」
「ならもっとお金掛からない所にすればよかっただろ」
頭に銭をチラつかせながら楽しむのって結構難しいんじゃないの。
「葵に賛成。とりあえず見れる場所は一つ残らず見て回ってこ」
加賀見、お前も大概だな。
しばらくでっかい水槽を回遊するお魚を見て回ること数分。
「先輩、やっぱお魚が苦手って嘘だったんじゃないですか」
「あれ、そんなこと言ったか?」
「水族館誘ったときにメッセージで書いてましたよ。忘れたならお見せできますが」
「いや、いい。さっき思い出した」
わざわざ証拠を見せつけようとせんでも。
「葵、黒山の言葉は8割ぐらい嘘と思わなきゃダメ」
加賀見お前そんなつもりで俺と接してたのか。まあ俺もコイツらにどんだけ嘘吐いたか覚えてないけど。
「え、そんな多いんですか? 6割ぐらいと思ってましたけど」
葵も負けてないな。何だお前ら、俺のことをそんなに信用してくれてたのか。嬉しくて今すぐ縁を切りたいぐらいだよ。
「それにしても」
葵がふと周囲を見渡す。
四方八方に据えられた水槽の中の魚を見ている雰囲気ではなく、もっと他のものに目を向けているようだった。
「ここってカップルだらけですね」
俺達と同じように魚やら他の水生生物を鑑賞しているお客さん方の顔ぶれを見ると互いに年齢が近いであろう男女の二人組が多かった。
兄弟姉妹・
「家族連れとかも結構いる」
「そうですね。でもそれ以上に二人で行動してる人達が目立ちます」
「有名なデートスポットって話だったか」
「え、何それ」
加賀見は事情を知らない模様。そう言えばまともに説明してなかった気がする。説明する必要もないと思ったから。
「ネットで調べるとオススメのデートスポットって紹介されてたんですよ、この水族館」
「へえ……。確かに落ち着いた雰囲気でデートできるのかも」
ここの水族館は全体的に照明を抑えており、水槽から放たれる水色の光がより目立つような作りになっている。
葵の言うようにデート目的でやって来たカップルが割合多いのも手伝ってか人の多さの割には静かだ。
「変に騒いだりするとせっかくの雰囲気を台無しにしちゃいそうですねー」
「葵、いかにもそれやりたがってるように聞こえるけど気のせい?」
「えー、そんなことしませんよー」
あはは、と葵が加賀見に冗談を仕掛ける。
ここまでの会話でも思ったが、この二人は相性がいいように思う。
最初の出会いこそ葵が加賀見に恐れ慄き、以降も遠慮しいしいな態度が見え隠れしていた。
それでも加賀見と葵の交流は他の女子達も同伴の上でだが増えていっており、関係は着実に深くなっているように俺の目には見えた。
少なくとも初対面のときは今言ったような冗談を投げあうようなことなどまずない間柄だったことを思えば、今の方が確実に仲良しだ。
元々二人の性格にしても
いつだったか加賀見も葵のそういうアグレッシブな性格を見て将来が楽しみとほざいているので、少なくとも葵のことを好意的に評価していると思ってよさそうである。
そんな二人を見て思うのが、俺のことなど放っておいて二人で盛り上がってくれないかということだ。
加賀見にとって葵は安達に次ぎ親友になれそうなキャパを持っているように思う。
その葵は男避けを求めて俺に友人役を頼んでいるわけだが、攻撃的な性格である加賀見とともに行動すればその方面でも役に立ってくれるんじゃないかと思う。俺なら加賀見に対してどうこうできる気が全くしないもの。
葵も葵でなかなかに攻撃的な性格なので、二人揃えばナンパしようとする野郎なんて次第に寄り付かなくなると思うんだ。
あと、何となく加賀見と葵の関係が進めば面白い展開が待っているような気がする。
俺や日高は加賀見と安達が親友以上の関係になっていてもおかしくないと考えている。
その予想が当たっており、なおかつ葵または加賀見、あるいは両方が相思相愛になれば晴れて三角関係になる。
当人達には大変申し訳ないがそういう錯綜していく恋愛展開というのは傍から見てる分にはすごく面白い。
かつて春野と王子が結ばれる展開になり、俺はモブとしてその二人と周囲の人間関係を生暖かく見守っていければと思っていたが、今俺の目の前にいる二人が同様の関係を醸成していくなら俺としてはとっても都合がいい。
何せ加賀見がもう俺のことに構わなくなり、葵の悩みも加賀見が解決してくれるというメリットがあるから。
……ちょっと加賀見と葵にそれとなく促してみるか。