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第229話 踏み込んだ

 水族館も半分ぐらい見た辺りにさめを見掛けた。

 大きな水槽の海を悠々と泳ぎ回る姿にどこか大物然とした余裕を見た。

 細くも鋭そうな牙を見せつけるように口を開けたままにしていて、獲物を見つけたらすぐさま食らいつくような貪欲さと獰猛どうもうさを感じる生物が、俺達の目の前をゆっくり通り過ぎていく。

 俺達がこの水槽の中に放り込まれたらどうなるかなんてしょうもない想像をしてしまった。


「わー、実物の鮫ってこんなサイズなんですね」

「思ったより大きくない」

 葵・加賀見が鮫に対する感想を述べる。

「でもやっぱり怖くなかったですか」

「うん。こんなのが浜辺にいたら海水浴行ける気しない」

「お前の方が怖いよ」

「黒山?」

「いえ」

 誰にも聞かれないぐらい小さく呟いたつもりの声に加賀見がリアクト。あれ、コイツの耳どうなってんの?


「胡星先輩にも怖いものってあるんですか」

 葵が話題を切り替える。今の俺にはありがたかった。

「そりゃいっぱいあるさ」

「本当に?」

「むしろ何で俺が怖いものなしなんて無鉄砲野郎に思うんだ」

「だって胡星先輩なら銃を持った相手にも素手で勝てそうなイメージありますし」

「アクション映画の主人公かよ」

「アンタなら映画の世界に転移しても普通に生きていけそう」

「お前の方がよっぽどそのイメージあるわ」

「え、こんなか弱い乙女を捕まえて何を言ってるの」

 ほざけ。お前がもし本当にか弱かったら俺は今頃こんな苦労せず平和なモブ生活を送れてるわい。



 鮫のコーナーを過ぎて道順に歩いていくと、熱帯魚の群れが視界に映った。

 赤・青・黄・白・黒といった色で特徴的な模様やらグラデーションを作り、その描写をべったり表面に貼り付けたような魚達がせせこましく、しかし優雅に泳いでいる。

 水槽の底には珊瑚さんごが敷き詰められ、これらの魚達の住処すみかとしてどうしようもなく似合っていた。

 どこかの海の中の生き物を題材に取ったアニメの映像の一部にこんな紋様の魚達を見たような記憶がある。

 どうせ架空のデザインだろうと思っていたが、これらの熱帯魚をモチーフにしていたのかと新たに学んだ。


「綺麗ですね」

 葵が呟く。水槽の中の世界に見惚れているようでその場にじっと立ち止まっていた。

「宝石が泳いでるみたい」

 加賀見さん、そりゃ誇張ってもんじゃないですかね。確かに綺麗ではあるけれど。

「アンタはどう?」

「まあ、綺麗だなと思うよ」

「葵に『お前の方が綺麗だよ』ぐらい言ってあげたら?」

 加賀見がそんな戯言とともにニヤニヤし出す。

 何だろう、加賀見からものすごい日高臭がする。つまりそこはかとなくムカつく雰囲気になってる。


「加賀見先輩、この人にそんなこと言われても見え透いたお世辞にしか思わないです」

 だよな。お前なら絶対そんなお世辞あっさり見抜くと思うよ。

「ふふ、葵もだいぶ黒山のことわかってきてる」

「そりゃもう、先輩方にお会いして数か月経ってますから」

 ああ、そうだよな。俺も改めて振り返るとその期間の長さに嫌になってくるよ。


 しかしこうして三人で会話していても、加賀見と葵は意気投合するのが多いこと。

 そろそろいいか、とさっき思っていたことを実行に移す。

「なあ、ちょっと気になったんだが」

「どうしました?」

「何?」

「お前ら二人ってプライベートで遊ばないのか?」

 加賀見と葵がポカンとする。へ? そんな変なこと聞いたか俺?


「えっと……まあ、そんなには? ていうとアレですが」

「誕生日会とか、この前黒山の見舞いに行ったときぐらい」

 歯切れの悪い葵に対し、加賀見が淡々と事実を述べた。そうか、そんなもんか。大勢で集まったときに一緒になる程度の交流だったのか。

「意外だな。今日のお前ら見てても、結構仲良さそうに見えるが」

「そう……ですか」

「何? アンタももっと私達と遊びに行きたくなった?」

 加賀見、よくわからんが結論が飛躍してないか。


「いや、ちょっとした提案ってところだな」

「提案?」

「お前ら気が合いそうだし、もうちょっと踏み込んだ交流してもいいんじゃないかって気がしたんだ」

 よし、ここで畳み掛けよう。

 加賀見は新たに親友が増え、葵は加賀見という協力なボディガードが得られるというメリットをそれとなく提示してやれば二人も乗り気になるはず。


 ここで、曖昧な態度だった葵が急にスタスタと俺に歩み寄ってきた。

「ん? どうした?」

「胡星先輩が仰ってる踏み込んだ交流って」

 葵は俺の腕に手を伸ばし、

「こういう感じですかね?」

 急に俺の手を握ってきた。


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