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第230話 疑問とばかりに

 一体何を考えているのか。

 突如俺の手を握ってきた葵に対して抱いた感想だ。

「葵?」

 そしてそれは、加賀見も同様だったらしい。

 妙なマネをする後輩の名前を呼び、それをもって暗に何をしているのか尋ねてきた。


 だが葵は加賀見の問いには答えなかった。

「んー、ちょっと違いますかね」

 何が違うのか、葵は握った手を一旦ほどいて、

「こんな感じでしょうか」


 互いの指を絡めた握り方をしてきた。


 俗に言う、恋人繋ぎという握り方なのは知っていた。

 その名の通り恋人同士でやるものだとイメージしていた。

 それをコイツはなぜ平然と俺に向かってやってきたのか。


 あまりにも矢継ぎ早に葵が仕掛けてくるものだから、俺もその間何の抵抗もできずにいた。

 というより葵の体格で俺が下手に抵抗すれば、俺の手を今握っている奴の手も、場合によっては腕までもどうにかなってしまう恐れがあった。

 加賀見という俺の敵を前にして、そんな事故を起こすことだけは避けたかった。


 だから俺は、まず隣の後輩を諭すことにした。

「なあ葵」

「はい、胡星先輩」

「俺の言う踏み込んだ交流ってのは友達としてって意味だ」

「はあ」

「こういう手繋ぎは恋人同士でやるもんであって、同じ性別の友達でもそうはやらない類の行為だ」

 いやひょっとしたら女の友達同士でもこういうスキンシップとかあるのかもしれんけど。

 少なくとも野郎の友達同士ではまずやらんだろ。


「あれー、そうなんですか」

 普段より幾分か高めの葵の声にわざとらしさが感じられた。

「それと、お前が踏み込んだ交流をって言った相手は加賀見なのに何で俺に実践してんだ」

「こういうのは仰った張本人に確認を取った方が的確かと思いまして」

 コイツ、単に俺をからかってるな。

 薄々気付いていたが葵の反応を見て確信に至った。



 一方、加賀見の様子。

 葵と俺の会話に何一つ口を挟むことなく監視のように俺達二人の様子を見続けていた。


 そんな加賀見が、突如口を開いた。

「……ねえ、念のために聞いておくけど」

「な……」

「どうしました、加賀見先輩?」

 何だ、と俺が返事しようとしたのに割り込んで葵が加賀見に聞き返してきた。


「二人って、ひょっとして交際してる?」


 何だそれは。

 加賀見の言うことがあまりにも想定外で、理解が追いつかなかった。

 と、少しして加賀見の発言の意図を理解した。

 こんな恋人繋ぎを平然としてきてなおも距離の近いしゃべりを繰り広げる男女二人。

 内情を知らない第三者が見れば二人はこの上なく立派なカップルであろう。


 だがな加賀見、お前は文脈を無視している。

 俺達がどういう経緯で今のこの手繋ぎの状態に至ったのかお前はつぶさに見てきたはずだ。

 見てきたどころか当事者として思いっきり関わっている立場だ。

 それなのに葵と俺の今の姿だけでカップルと認識するのは視野が狭いだろ、いくら何でも。


 加賀見の愚問に答えるため、俺が口を開こうとすると

「えー、違いますよー」

 葵がまたしても俺より先に返事をした。

 何が楽しいのか、自然に出てきたようなニヤけたツラだった。


「……なら彼氏でもない男とそこまでベタベタくっつくものじゃない。周りから変な誤解される」

 ……ああ、そういうことか。

 後輩に説教するためだったのか。

 加賀見もまさか葵と俺の二人と本気でカップルと思っていたわけじゃなかった。

 しかし葵がカップルと誤解されかねないマネを目の前でするもんだから、葵にはそういう機微がわかっていないのだろうと見てああいう切り口で葵に話したわけか。

 いやー、葵が先に返事してくれてよかった。俺が先に返事してたら話がいっそうややこしくなるところだった。


 加賀見が真剣に葵のことを案じているのが伝わったか。

「……わかりました」

 さっきまで俺の手を繋いでいた葵の手がほどかれた。

「ああところで胡星先輩」

 葵が俺の方に向く。


「彼氏役を引き受けてくれたときは、こういうのもどんどん練習していきたいです!」


 そして、唐突に彼氏役の話が出た。

「今のところそんな予定はないが」

「わかってますよー」

「……彼氏役……?」

 加賀見が疑問とばかりに単語を復唱する。

 あれ、そういえば加賀見にそんな話してなかったっけ。


「ああ、それはですね」

 葵が加賀見に彼氏役についての詳細を説明する。

「……何か私の知らないうちに随分話が進んでそう」

「お前が知る必要はあるのか?」

 ついついそう指摘してしまった。

 俺からすれば葵とのことをわざわざ他の奴に詳しく報告する気は毛頭ない。

 奄美先輩は葵の身内だから必要に応じて話すこともあるだろうが、それ以外にはする必要がないわけで。

「……ううん、別に」

 そんな会話もありつつ、俺達は水族館を後にした。


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