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第231話 上手になりたい

 夏の太陽は相変わらず容赦しない。

 今日もアスファルトを物が焼けるぐらいに熱して止まず、道行く人々から水分という水分を奪っていくぐらいに辺りを暑くしていた。

 本来ならそんな日は冷房の効いた空間でやり過ごすのが一番だと考えているのだが。


「やっほー、待たせちゃってゴメンねー」

 今日は意気揚々とやって来た日高と、

「ゴメンね、暑い中」

 大人びた雰囲気の春野と駅で待ち合わせをしていた。

 何でかって?

 例によって目の前の女子達に遊びに誘われたからだよ。



 これより数日前に、日高から

「今週のどっかでプール行こー!」

 というメッセージが日高・春野・俺の三人のグループチャットに送られたんだよ。

 もちろん最初は断ろうとしたんだよ?

 だけどこの夏休みで既に俺は安達・加賀見・葵と遊びに行ってしまっている。

 春野・日高に対して誘いを断ったあとに他の奴らとは遊びに行ったことが春野・日高に漏れたら何かネチネチ責められそうな気がしたんだ。

 春野はその手の陰湿なことをしないと思うが、日高は事あるごとに刺してきそうな気がしたんだ。

 日高自身は加賀見とかと違って本来そんな陰湿な性格でもないけど、親友の春野が関わるとなかなかに面倒な奴になるからな。

 以上のリスクを踏まえて、しょうがないかと二人とプールに行くことになった。



 そして今、改めて春野と日高の二人と向き合っている。

「まあ駅の構内だしな。そこまで暑くはないさ」

 余談ながらこの駅はつい先日も加賀見・葵との待合せに使ったところでもある。

「そっか。でもこれからどんどんアツくなるかもねー」

 と意味ありげに日高が笑う。ちょっと気になるがまあいいか。


「あと少しで電車が来るみたいだし、ホーム行こっか!」

 と促す春野は至って普通の格好をしていた。

 ややもすれば白にも見える薄いグレーを基調としたワンピース。

 腕は半袖、脚は脛の大半を覆い隠す丈の長いスカートであり袖とスカートの脛に当たる一部がシースルーとなっている。

 この夏にふさわしく涼しそうで、なおかつ明るい気質の春野を幾分か落ち着いて見せるような服装だった。


 で、さっき春野を捕まえて「普通の格好」とわざわざ表現したのは日高がまた妙なことを春野に吹き込む可能性も警戒していたからだ。

 春野は二年になってから友達と遊びに行く際、妙に露出の多い服装で臨むことが多くなった。

 春野もその度に恥ずかしがっている以上乗り気じゃないのは俺の目からもはっきりわかるのだが、一体どうやって説得されたのか春野自身はそういう格好をあえてするようになったのだ。


 というわけで春野が今回もそういうイカれたファッションに挑戦するのではと懸念していたのだが、どうやら杞憂きゆうに終わったようだ。

 思えば図書館に行ったときも今回のような普通の服で来てたんだし、そりゃしょっちゅうやるわけじゃないよな。いやー、何か他人事ながら安心したわ。


「うん、それじゃ行こ行こ」

「そうだな」

 春野・日高・俺は改札を通り、ホームへの階段を下りていった。



 電車の中にて。

「ねー黒山、ちょっと聞きたいんだけど」

「どうした? グー○ルじゃわからないことなら俺でもわからんぞ」

「そういうカテゴリの話じゃないから」

 ほう、ではどんなカテゴリの質問だろうか。

「黒山って泳ぎ得意だったっけ?」

 ん?

「可もなく不可もなくってところか」

 泳ぎは中学校の体育の授業でやったのが最後だったと思う。

 そのときでもクラスの平均ぐらいの成績をキープした覚えはあるので、それをもとに日高へ答えた。


「じゃーさ、凛華に泳ぎを教えてあげられないかな」

 ……そういうことか。

「俺は何か物を教えることに自信がないんだが」

 断る名目でもあるが、実際に思っていることでもある。

 あんまり人に何かを教えることも多く経験してきたわけではない。

 最近になって同級生なり後輩なりに運動や勉強のことで教えた経験はあるが、それでも自信を持つほど教える能力を培ってきたわけじゃないのである。

「いや私から見ても教えるのうまいと思うよ。少なくとも私よりかは絶対いい」

 お前じゃダメなのか、という呼び掛けも先に封じるような物言いに日高も俺への相手に慣れてることが察せられた。


「凛華も、泳ぎが上手になりたいってことだからさ。でしょ?」

「ちょっと皐月、やめよ」

 春野が隣に座っていた日高の肩を掴んで注意してくる。

「ゴメン黒山君、気にしなくて大丈夫だから」

 そして俺へと謝ってきた。


 二人の様子を見るに、春野なりに泳ぎが上手になりたいのは多分本当なんだろう。

 で、日高はそれに乗じてまーた春野と俺の距離を縮める策を仕掛けたつもりなんだと思う。

 正直、それに乗せられるみたいになるのはしゃくだが、ここで断っても日高は懲りずに別の策を講じてくるのは明白だった。

 それならさっさと受け入れてしまう方が面倒も総じて少なくなるかもしれない。


「俺でいいなら」

「え……」

 日高は「やりぃ!」と言わんばかりの表情。

 春野は申し訳なさそうな表情で、見事に二人の反応が対をなしていた。

「ゴメンね黒山君、それならお願いします」

 春野は俺の方へ軽く頭を下げてきた。


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