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第232話 誇張じゃない

 プールに着いて更衣室にて水着に着替えた俺は、出入口付近のシャワーが並んでいる一帯のすぐ傍にいた。

 夏休みの真っ最中だけあってとにかく人が多い。家族連れはもちろんのこと俺とそんなに歳も変わらないであろう学生のグループも多く遊んでいた。若いもんは元気だねぇ。

 この前の水族館ほどでないにしろカップルと思われる二人組もちらほら見掛ける。特に下調べもしてなかったがここもデートスポットの一つなのかもしれない。葵の興味を引かないことを切に願う。


 スマホの持ち込みもできないため、暇潰しにプールの方をぼんやり眺めていたら背後から呼び声が聞こえた。

「黒山ー、待ったー?」

「おお」

 俺が振り返ったところ、予想外の光景が目に飛び込んだ。


 まず、日高の声しか聞こえなかったので日高一人だけ先にやって来たのかと思いきや春野も日高のすぐ後ろについて来ていた。まあそれは問題ない。

 問題は、春野の格好だった。

 水着が上下別々のタイプなのだがなかなかに際どい。

 腰・胸ともに布で覆われている部分は少なく、春野の体が見事なまでに露わとなっている。いわゆるビキニを彼女は身に着けていた。

 春野の至る所に見える肌は普段から日焼け止めでも塗っているのか綺麗な白味を帯びていた。

 春野を描く体型はモデルさながらで、これ以上改善しようはないだろうというぐらい整えられていた。

「お……お待たせ……」

 さっきまでの明るさはどこへやら、春野は声を抑えめにしていた。


 春野の顔が、とにかく赤かった。

 俺の方は見ずに斜め下へと顔を傾けていて、夏の日光がより強い影で春野の顔を隠蔽していた。

「ちょっと新しい水着にチャレンジしたんだけど……変かな……?」

 春野は俺の方から顔を逸らすも、俺の方へ感想を聞いてくる。

 ……と思ったけどよく考えたら俺の名前は呼んでないな。床か? 今目を向けているプールの床と意思疎通してるのか? ここへ来て春野の新たな能力(もしくは痛い部分)が明らかになったか?


「お、凛華に見惚れちゃった?」

 小憎らしい響きで日高が俺をからかってくる。

 日高の水着については春野同様上下に分かれているが、春野より露出の少ないものだった。

 腰にはスカートみたいなヒラヒラした布を巻いており、普段の日高の格好よりも大人しい格好に見えた。


 何か前にも似たような構図を目にしたような、なんて考えるまでもない。

 初夏のとき、春野・日高・俺の三人で繁華街に繰り出したときとそっくりの状況だ。ついさっきまで警戒していたケースだ。

 日高の態度を見るに、プールで俺を油断させるために外ではわざと普通の格好をするように日高が春野へ促したのだと想像できた。

 そうすれば俺が春野といい雰囲気になれるのかも、と日高が当たりを付けたのが容易に想像できた。

 本当に食えない奴だと思った。


 こうも毎度日高のペースに乗せられるのもいい加減うんざりしてくる。

 しかし、コイツらと縁のない高校生活を送るのが不可能と察した以上、コイツらと高校卒業までは付き合うと決めた以上、辛抱しなきゃいけないこともわかっている。

 理由は全くもって不明だが日高の入れ知恵にずっと乗り続けている春野に対し、俺が冷たく当たるのもさすがに筋が通らない。

 そう自分の心に言い聞かせてとりあえず春野・日高に返事することにした。


「いや、全然変なことないんじゃないか」

 ひとまず春野の方に返事する。日高の方は……無視でいいか。

「そ、そう……?」

「ああ。その綺麗さなら男女問わず人目を惹くさ」

 社交辞令、と言っても大方事実であろう評価をとりあえず述べてみたが、慣れないせいでどうにも自分の言葉とは思えないような妙な感覚がする。こういうのホントに王子がやってほしいと思う。いろんな意味で難しいけど。


 わざとらしかったか、と思ったが

「そ、そうなんだ……ありがと」

 エヘヘと春野が微笑んだ。よかった、満更でもないんだな。

「人の評価もいいけど、黒山はどう思ってるのさー」

 日高がなぜか掘り下げてくる。何だよ、俺の主観に一体何の意味があるんだよ。

「俺も綺麗と思うぞ」

 仕方ないのでミートゥーである旨を告げる。

「……!」

 春野は特に何も言わなかったが、心なしか顔が驚いたように変わっていた。


「あと、人目を惹くって言ったのは誇張じゃないからな」

「ん、どうしたのいきなり」

「周りを見ろ」

 春野と日高が周辺を見渡す。

「あ……」

 俺達の、というより春野の周辺には彼女に注目する人々が所々にいた。

 女性の目線もそれなりにあったが、それ以上に男性のものがずっと多い。


 まあそうなるよな。

 そこらで早々お目に掛かれない美少女が露出の多い水着姿で現れたら、少なくとも二度見する奴らは引きを切らない事態も起きるってもんだ。

 で、そんな注目の的ともなればこの場でガールハントを企てるヤカラの的になるのも必至だ。


「さ、皐月……」

 春野は男共の視線に嫌な思い出が想起されたのか、少し肩を震わせていた。

「ゴメン黒山」

 春野から助けを求められた日高が急に俺へと頭を下げる。

「今日は凛華に変なのが近付かないようにしてあげてください」

 という言葉を添えて。


「……まあ、そうするしかねーよな」

 わかってるさ。よしんば春野が一般的な水着を着てきたとしても想定してたさ。

 余談だけど加賀見、お前か弱い乙女を自称してたがその表現って今の春野の方がよっぽど当てはまんだよ。


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