多数の人の注目を浴びながらも準備体操を終えた俺達はプールに入ることにした。
一回水の中に入ってしまえば外から姿はほとんど見えない。
最初は露骨に集めていた衆目も、春野が水に
「さて、泳ぎの訓練だが今からやるのか?」
最初に遊んでから、というのも考えていたが
「……うん、お願いします」
真面目な春野さんはとりあえず訓練を優先するようです。
「頑張ってね凛華!」
日高は笑顔いっぱいに春野へエールを送る。運動会かよ。
「とりあえず何ができるようになりたいんだ?」
「えっと、とりあえずクロールでもっと速く泳げたらいいなって」
「そうか」
ということで春野のクロールを軽く見せてもらうことにした。
春野がクロールを終え、俺は見た結果について改善点を探る。
「どうだった、黒山君?」
「そうだな。例えばだが……」
と、つい春野の腕を掴みそうになってしまう。
この前ボール投げを教えた加賀見同様、適切なフォームを手で誘導しようとしたのを春野にしようとしたわけだが、今の春野は水着姿。
当然腕を掴むとなれば直接春野の肌に触れることになるのだが、春野相手にそれをして大丈夫なのかという思いが頭を過った。
「黒山君?」
春野が突然動きを止めた俺を不思議そうに見つめてきた。
「なあ春野、改めて確認するんだが」
「うん」
「教えるとなれば俺がお前に触れることになるんだが、大丈夫か?」
こんなことを聞くのは、きっと余計な世話なのかもしれない。
しかし俺は、春野がかつて
知っているどころではなく、目撃していた。
その影響で春野が男を本格的に避けるようになったこともわかっている。
一方、男である俺に対してはなぜか避けようとしていない。
何なら二年になってから春野と接触する機会は増えたように思う。
しかし、それらはいずれも春野が自分から動いてそうなったものであり、俺の方から春野へとなれば話が別になるように思えた。
だから、春野の事情を把握してしまっている身としては春野の意思を確かめずにいられなかった。
ややもすれば春野のトラウマを想起させかねなかったから。
「黒山……」
日高は俺と春野の二人の間に立っている。
俺が言いたいことも春野が抱えていることも理解しているがゆえに、どうすればいいか判断しかねているのがよくわかった。
しかし春野は、
「うん、黒山君なら大丈夫」
真夏の太陽でまばゆくなった顔に笑いを乗せて、そう答えた。
「わかった」
ならばもう何も言うまいと、俺も教えることを再開した。
日高は幼馴染の方を見て安堵の表情を浮かべているようだった。
改めて、春野の腕を手に取る。
「……!」
瞬間、春野の顔が赤くなり、目が見開かれた。
「本当に大丈夫なのか?」
「も、もちろん!」
ということなので引き続き説明を続けていく。
まあ、春野の様子を見て明らかに大丈夫そうじゃなかったらこちらの判断でやめさせてもらおう。あくまで例えだが、日高や周囲が変な誤解をして通報→逮捕ってなったら俺にとっては少しも笑えないオチになるし。どこぞのツインテール型悪魔はゲラゲラ笑いそうだけど。
とりあえずどういうフォームが適切なのか体に覚えさせた方が早いだろうと思ったので、
「一旦水の上で横に浮いてくれるか」
「え、うん」
と、春野を水の上に寝かせる。
そして、俺は春野の足も掴んだ。
「ひゃ」
と小さな声が春野の口から出てきた。
「足を動かすときはもっとこう……」
俺が説明を続けると、春野は
「あ、こ、こうだね」
と説明に着いていこうとしている。
やはりこういう手取り足取りの指導は慣れないだろうか。
本来なら口なり手本を見せるなりで全部済ませられればそれがよかったのだが、俺にそこまでできる自信はなかった。
そういう調子で春野のフォームを手ほどきしていたときだ。
「……」
ふと視界に入った日高が、妙に静かだった。
静かなだけじゃなく、無表情だった。
春野も俺の見てる方が気になったのか、日高のいる方を振り返った。
そのため春野も日高の様子に気が付いた。
「あれ、皐月? どうかした?」
「へ? あ、別に、何もないけど、どして?」
「そう? 何かちょっと、ぼーっとしてるように見えたから」
「あはは、そりゃ二人が泳ぎの訓練してるのを見てるだけで、暇だったからさ」
さっきとは一転して笑顔を見せる日高だが、春野の質問に意表を突かれたのが丸わかりだぞ。
ふーむ、本当に日高の言ったように暇してただけか?
「ちょっと教えるのは切り上げて、三人で改めて遊ぶか?」
日高を置いてけぼりにするのも雰囲気が悪くなりそうなので一旦提案した。
「そーだね。皐月もいいよね?」
「え、あ、うん。二人とも、ありがと」
春野も同調したのに対し、日高はまたもや意外とばかりに反応していた。
何だろうか。暇してたにしては日高の受け答えに違和感がある。
まあ細かいことはいいかと思ったところで、
「休憩時間です。プールから上がってください」
という放送が流れた。
「あー……」
春野が間の抜けた声を漏らす。ホント、あー……って言いたくなる気分だな。