目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第247話 葵の浴衣

 花火大会の当日は、ちょっとした曇り空。

 集合は夕方ぐらいの時間にしたが、夕陽に焼けた空は雲に覆われて薄暗くなっていた。

 もうじき夜を迎えて暗くなるんだから晴れてても同じか、と思いながら俺は目的地へ歩いていた。


 花火大会会場ではない。

 その前に寄る場所があった。

 前回訪ねた記憶を頼りに目的地へ辿り着き、インターホンを鳴らすといつもの声が聞こえてきた。

「お待ちしてましたー、胡星先輩!」

 馴染みの後輩は今日も元気そうだった。



 そう。花火大会当日の段取りとして、俺はまず葵と奄美家で合流してから会場へ向かうことになったのだ。

 理由としては葵を会場で一人待たせるのは危ないからとのこと。

 安達と加賀見、春野と日高はいつものようにペアで行動して会場に向かうらしいのだが、葵のみ今回は一人であぶれてしまう。

 そうなると葵が一人で会場に先着しその場で待たされることになるのだが、薄暗い外で色んな人が集まるイベント会場に一人待たせるのは懸念があるとの話になった。


「葵のような可愛い女の子だとちょっかい掛けてくる男が多いだろうし」

「可愛いだなんてそんな」

「でも実際街中でナンパされるって話してなかった?」

「まあ、そうですが」

「それならやっぱ注意しなきゃダメ。こんな人ばっかりのイベントなんて、変な奴らも必ず出てくる」


 このようにメッセージにて加賀見の説得を受け、葵が承知した流れだ。

 加賀見としては春野の身に起きた事件・・も踏まえて、警戒心を強めたのかもしれない。

 そしてそれは春野・安達・日高も同様だったのだろう。グループチャットで発信された加賀見の意見に対して「大袈裟だよ」などと言う奴はいなかった。


 そうなると当日に葵と合流するのは誰かという話になる。

 女子四人の誰かであっても問題ないと思われるが、

「胡星先輩となら何があっても乗り切れるんじゃないかと思います」

 との葵の意見で俺が葵の同行相手に決まった。俺もう完全にボディーガードだな。



 事情の説明は以上として、インターホンの先の葵と会話する。

「おう、俺も待ってたぞ」

「胡星先輩は来た側でしょ」

「俺の全力を解放する機会を」

「全然脈絡なくバトル展開に持っていこうとしてません?」

「それじゃ花火大会行くか。準備はいいか?」

「唐突に話を戻さないでください。ついていけません」

「え、花火大会についていけないのか? ならしょうがない、今日は参加やめるか」

「あ、それは全然大丈夫です。ついていけないのは胡星先輩の思考回路です」

「お前はそんな思考回路を持った先輩と同行することになるんだが」

「私が制御するんで問題ないかと」

 問題おおありじゃい。何だ制御って。俺思考をつかさどる部分をいじくられちゃうの? 脳に無数の導線とか接続されちゃうの? もう花火大会どころじゃなくない?


 葵が改めて普通の人間でないことを思い知っていたとき、

「まあ、準備はもうできてるんで、今出ますね」

 玄関の扉が開く。そこから葵が登場した。

 浴衣の姿だった。

 澄んだ濃い青の地に、白・ピンク・赤の基本的に明るい色彩の花が全体的に咲き散らしている絵が葵の浴衣に描かれていた。

 花は5枚の花びらを悠然と伸ばしており、浴衣の中の世界で活き活きとしていた。


「おやどうしました先輩。私の浴衣に何か思うところでも?」

「ああ、お前なら普段の格好で来るものとばかり」

 葵がムッと頬を膨らませる。

「せっかくの花火大会なんだから、それに合った格好で行きますよ」

「普段着で来る奴も結構いるんだけどなあ」

「別にそういう人に対しては否定しません。何より胡星先輩がそんなタイプのようですし」

 まあな。至って動きやすいいつもの私服でやってきたよ。


「こんばんは黒山君」

 またも聞き慣れた声とともに、見慣れた人が奄美家の奥から玄関の俺達のいるところにやってきた。

「こんばんは奄美先輩。誕生日以来ですね」

 奄美先輩が静かな笑顔を俺に向けた。


「私も参加したかったんだけど、模擬が明後日だからさすがにね」

 今の奄美先輩は大学に向けて猛勉強中の受験生。

 志望校の合格可能性も測る模擬試験が迫っていることから今回は参加を見送ったのだった。


「あー……」

 葵が急に続く言葉を失う。

 奄美先輩の言葉にどう返したものか悩んでいるのが明らかだった。


 俺も俺でどう返したものか考えていると、

「代わりに、模擬の後のお出掛けはよろしくね」

 奄美先輩が重い雰囲気を破った。


 ああ、それがありましたか。すみません、ほとんど忘れてました。

 忘れてましたがとりあえず

「ええ、自分もよろしくお願いします」

 と伝えておいた。


「え、何お姉ちゃんお出掛けって」

「葵のこと、お願いね」

「わかりました」

「いや聞き流さないで。ちゃんと説明してよ」

「葵、黒山君にあまり迷惑掛けないようにね」

「ねえ、私の質問スルーしないでって。気になって注意されても頭に入ってこないんだって」

 奄美姉妹とそんなやり取りを交わした後、姉妹の御母堂がいらっしゃって軽く挨拶をしてから奄美家を出発した。



 歩いて少ししてから

「……で、姉が言ってたお出掛けって何の話ですか」

 とすごく静かなトーンで聞いてきた葵に問われるがまま、俺は奄美先輩からの「お礼」の件について説明した。

 一部始終を聞いた葵は

「……いつの間にそんなことを」

 とぼやいた。俺は聞こえないフリをした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?