「そうそう、さっき聞きそびれたことがありました」
最寄り駅に着いて電車を待っていたら葵が俺に向き直った。
「何だ」
「私の浴衣についてご意見頂戴したいです」
葵は両腕を背後にやり、浴衣を俺へ披露する。
「いやさっき言っただろ」
「普段の姿と違う、とかじゃなくこの浴衣を着た私そのものへの評価です」
面倒な奴。あ、いつもか。
「描かれてる花がお前のイメージにピッタリだな、と思ったよ」
コイツの性格を除けばね。
「へー。ひょっとして胡星先輩、これ何て花か知ってましたか?」
「いや」
植物園でもそうだったが俺は草花に詳しくない。
「これ、葵っていう花なんですよ」
ほう。
「お前が名前のモデルになってんのか」
「逆に決まってんでしょ。なら私が生まれる前にこの花は何て呼ばれてたんですか」
葵が俺に一言指摘してから、フッと笑う。
「でも、この花が私にピッタリなんて発想はなかったですね」
「第一印象だ。深い意味はない」
「ええ。胡星先輩らしいです」
俺がいつもフィーリングに沿って生きてるってか? 決して尊敬してないよなそれ。
葵と俺の二人で花火大会会場での集合場所に着いた。
「さすがにごった返してるな」
「ええ、もうキツいです」
「大丈夫か? 今日はもう帰るか?」
「花火まだ一発も見てないんですよ」
「アイツらだって人の多さにうんざりしてもう帰ってるかもしれないぜ」
「どんだけ根性ない方々なんですか」
「お前先輩達によくそんな口叩けるな」
「帰ってるわけないから言ってるんです」
いやまだわからんぞ。
俺達二人で人混みの中を少し歩き回っているとやがて女子で四人集まっているのを見つけた。
遠目に見てもはっきりと認識できるのは、
そしてもう一人、その場において一際目立っていた浴衣の少女。名前は春野と言います。
その浴衣の春野が周りからもチラホラ注目を集めていて、正直話しかけづらい。
「先輩方、あちらですよね」
「……だな」
「春野先輩の存在感スゴいですね」
「ああ。ちょっと他人のフリしていたいぐらい」
「……声を掛けにくいんでしょうけど、とりあえず行きませんか」
なら葵が声を掛けてくれないか。
そう思ったがこれ以上問答しても始まらないのでとりあえず奴らへ近付いていった。
「……おう、待たせて悪い」
「お、来た来た」
「黒山君! 葵ちゃん! 今日はよろしくね」
あの、春野さん、今俺の名前を大きな声で呼ぶのやめてもらえません。僕目立ちたくないんです。貴女の前では常に通行人Aでいたいんです。
「あれ、黒山君?」
「あー、よろしくな」
春野が俺の様子を怪しんでるっぽいのでとりあえず返事した。
「私こそよろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をする葵。浴衣の見た目も相俟っていつになく
「おー、葵も浴衣なんだね。似合ってるじゃん」
「春野先輩の浴衣に比べたら
さしもの葵も春野の今の姿に恐れ多くなっている模様。
「く、黒山君はどう?」
春野が俺に聞いてくる。
質問が抽象的に過ぎるが、春野の浴衣姿に対する感想を問われてるのはさすがに理解できた。
「いいんじゃないか」
と漠然と思ったことを答えた。
「……あ、ありがと」
春野は顔を手で覆い、下を向いた。
「よかったですね春野先輩」
どこか無機質な響きで葵が言った。
今の春野の格好には目を見張るものがある。
昼を思わせる混じり気のない白を地として、丸っこくぶわりと広がって満開になった黄色の花と朱色の花が散りばめられた絵柄の浴衣。
例によって何ていう花かは知らないが、春野が身に着けることでこの薄暗くなった外でもはっきりと美少女の姿が映っていた。
浴衣がポツポツと照らしだしたライトを反射し、春野から淡い光を放っているようにさえ見えた。
しかし、葵がそこまで卑屈になることもあるまい。
ここに来るまでの間、花火会場へ行く人々から時折、とりわけ男から葵の方へ二度見する奴らが見受けられた。
浴衣姿で歩く人はそんなに少なくない。となれば、浴衣姿が珍しいからなんて理由で向けられた視線とは考えにくかった。
そして今、葵が春野と並んでみたら。
「……圧巻だね」
「私達今、スゴいもの見てる」
「ね、ちょっと何枚か撮らせて」
浴衣のファッションモデルの舞台みたくなりました、と。
「ちょ、ちょっと皐月。周りの人達に迷惑だから」
「私も、そういうのはちょっと……」
春野にしろ葵にしろこういう目立ち方は好みではないらしい。
「んー、残念。それじゃまた会場出てからで」
「ちょっと私も記念に一枚だけ」
「マユちゃん、あんま二人を困らせちゃダメだよ」
日高も加賀見も二人の姿を惜しんでいた。
そう言えば加賀見は去年誰も浴衣を着てこなかったことに不満げだったな。よかったじゃないか、今年は美少女二人の浴衣姿を拝めて。
しかし葵も春野も、目立つのが嫌ならなぜ普通の格好をしてこないのか。
特に春野はさっきも言った通り去年の花火大会は普段着だったんだが。