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第249話 リンゴ飴

「そろそろ移動するか」

「そうだね」

 俺達は花火会場の方へ足を運び始めた。


 とにかく人の数がえげつない。

 前を歩く人が近いあまり間違えて蹴ってしまいそうになり、左右の人にぶつからないよう腕を常にピンと下へまっすぐ伸ばさなきゃいけないぐらいぎゅうぎゅう詰めの混雑だった。

 去年の花火大会でとっくに経験済みだったが、振り返ってみればここまで混んだイベントに参加したのもその去年の花火大会が最後だったと思う。つまりこんな混雑は1年ぶり。つまりこんな混雑を経験した回数はまだ少ない。つまり辛い。


「毎年スゴいですよね……」

「あ、葵ちゃんもいつも花火大会に参加してるんだ?」

「それはもう、ここの花火って全国でも有名じゃないですか」

「やっぱそうだよねー」

「花火は綺麗だけど、この人混みは慣れそうにない」

「同感です」

 葵が先輩に当たる女子四人と会話している。お前らよくそんな元気あるな。


 大量の人の集団の中を掻き分けて進むとやがて夜空に大きな光が瞬いた。

「あ、始まった!」

「おー、さっそくデカめの奴が来ましたね」

「やっぱ綺麗だねー」

「最初の見逃した」

 俺の後ろに続いていた女子達が花火の感想を告げていく。

 周囲の観客達も同様に、打ち上がり出した花火について話を始めた。


「綺麗ですねー」

「そうだな」

「1時間で終わりらしいですが、できればもっと見ていたいです」

「お前が花火をホームメイドすれば見放題じゃねーの」

「胡星先輩が私に毎日花火を見せてくれれば解決ですね」

「なぜ俺がそんな大盤振る舞いをしなきゃいけないんだ……」

「あれ、何の話?」

「胡星先輩がいずれ私達に打ち上げ花火を毎日振る舞ってくれるらしいです」

「嘘八百をばらまくな」

「ありがとう、黒山。私達のためにそんなことしてくれるなんて……」

「コイツの嘘だっていうのが聞こえないのか?」

「え、あ……うん、そりゃそーだよね」

「春野、お前本気にしてたんだな」

「凛華のこれはもう様式美だね」

 女子四人も葵も花火と会話で盛り上がっていた。


 俺達の会話も構わず、天高く光の筋を描きながら上がっていった玉がドウン、ドウンと炸裂してカラフルな光を放射状に撒き散らしていく。

 遥か上から撒かれた光のシャワーはすっかり暗くなっていた天地を賑やかに照らしていた。



 しばらく、その場で花火を見物していた。

 そこに、葵が俺の服の裾を少しだけ引いた。

「すみません、先輩」

「どうした?」

「ちょっとリンゴ飴食べたくなっちゃいまして」

 ほう。

「売ってる屋台へ行けばいいんじゃないか」

「御覧の通り人がごった返しているので、一人で歩くのはちょっと億劫で」

 ああ、そうか。


「何々、どうしたの?」

「葵に何かあった?」

 近くに立っていたミユマユが俺達に気付く。すると春野と日高も当然俺達の方へ注目した。

「何か屋台へ買いたいものあるから誰か同伴してほしいんだと」

 俺は事情をそのまま説明してあげた。


「すみません。先輩方全員に御迷惑をお掛けするのもどうかと思い、まずは胡星先輩に相談してました」

「俺はいいのか」

「胡星先輩ならまあ」

 少しは申し訳なさそうにしろよ。


「それに、胡星先輩強いので、いざというとき私も安心できます」

 葵が俺の裾を握ったまま言った。それはどうであろうか。

「ミジンコにも勝てそうな気がしない俺にどうしろと」

「ヒグマもKOできそうな先輩ならまず信頼できますね」

 ダメだ、これについては葵とは議論が平行線になりそうだ。俺は普通の人間なのに、葵はどうも俺のことを人間型の兵器だと思ってる節がある。

 俺が葵の意見に困っていると、


「私も行こっか?」


 春野が自身に指を差してきた。

「へ?」

「凛華?」

 声を上げたのは葵と日高。

 俺は何のことかと頭を回転させ、言葉を発せなかった。

 安達と加賀見も表情や佇まいを見るに、同じ調子であるようだった。


「二人よりも三人で固まって行動した方が、より安全かなって」

 周りの反応を見て察したか、春野は理由を説明した。

 まあ、人数が多いに越したことはないと思うが。


「この人混みだと人数多くなるほど集団移動が難しくなるからな。俺としては遠慮したい」

「そう……ですね。せっかくの御提案ですみませんが私も胡星先輩だけで大丈夫かと思います」

 葵が俺の意見に賛同した。

 日高・安達・加賀見は特に口を挟まず、春野・葵・俺の方を見守っていた。

「……そう。わかった、気を付けてね黒山君、葵ちゃん」

 春野は見送りに出る親戚のように暖かい笑顔を見せた。


 春野の言葉をきっかけに、残りの女子も次々と俺と葵を送り出す。

「私らはここで待っとくよ」

「気を付けてね」

「黒山、しっかりね」

 何か危地へ出発するみたいになってるがリンゴ飴買いに行くだけだからな、お前ら。


「はい! 行ってきます」

 そうなると当たり前のように葵も先輩方の女子四人に応え、何も返事してない俺の裾を引いてさっさと屋台に向かって歩きだした。やめろ、服が伸びる。

 まあこうなったらさっさと済ませるとしよう。


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