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第250話 本当の彼氏

 花火大会の会場の人数は花火が打ち上がりだしたことでますます増えていった。

 さっき移動していたよりもさらにスペースが狭くなったように感じ、葵が俺の裾を引いてなければあっという間にはぐれてしまうと察した。


「胡星先輩、手を繋いで移動しましょう」

 俺の裾を引きながら動くのがしんどくなったか。

 まあこの混雑だとしょうがないな。

「わかった」


 俺は葵のいる方へ手を伸ばした。

「お願いします」

 と葵が俺の手をしっかり握った。

「ははは、さすがに恋人繋ぎはキツそうです」

「そりゃそうだろ」

 言葉の方はまだ達者らしい。


 何とか屋台へ辿り着き、葵がリンゴ飴を買った。

「やっぱこういうところで食べるのっていいですね」

「そうか」

 リンゴ飴をかじっていく葵が、小さな子供のような明るい笑顔で遠くの花火を見上げていた。


「ちょっとここで見ていきませんか」

「ん、アイツらの元へ戻らなくていいのか?」

「ちょっと人混みがスゴいですし、もう少し流れが変わってから行こうかと」

「そうか」

 まあそれなら俺はどっちでもいい。



 花火を眺めて無言になっている間、ふと隣の後輩について思う。

 校内でも屈指の美少女と評していい春野と比肩するような優れた容姿を持つ葵。

 その見た目ゆえにアプローチを受けることが頻りになり、春野同様に男との積極的な交流を望まず何ともとっつきにくい雰囲気となったソイツは、やがて男避けを求めるようになった。


 奄美先輩との縁で以前から俺を知っていたという葵は俺との初対面の日に「彼氏のフリをしてほしい」と頼み、俺がそれを断ってから数ヶ月が経った。

 その後も葵が粘り、友人役を引き受けることになった俺はデートの練習だの奄美先輩の作戦会議に参加するだので妙に葵と関わる機会が多くなり、今に至っている。


 葵が縁に恵まれ男と交際する可能性もあったんじゃないか、と思う。

 春野にも言えることだが葵がもっと早くにもっと真っ当な男性と巡り会えていたら、俺と出会うこともなく今頃はそのいい男と手を繋いで花火を見ている。そんな可能性があったと思う。


 そもそも葵とは出会い方からして普通とは言い難いものだった。

 普通なら同じ学校と言えど入学して少ししたタイミングで後輩が面識もない先輩に一対一で会話をしようとはしない。

 普通なら先輩に恋人や友人のフリをするよう頼もうとはしない。

 普通なら同じ部活でもない限りここまで先輩と後輩が接点を持つことは、ない。



「胡星せんぱーい?」

 葵が俺の目の前で両手を振っていた。

「ん、ああ」

「あ、気付いてくれましたね。呼んでも返事がないんでどうしたんだろうって思っちゃいました」

 ほう。花火と周囲の喧噪で気付かなかった。


「どうしたんだ? 花火はまだ終わってないが」

「ああ、そろそろ先輩方の所へ戻った方がよさそうだなと」

 人混みはさっきとそんなに変わってないが、あまり時間を掛けると女子四人を心配させると踏んだんだろうか。


「それじゃ行くか」

「はい。では引き続き」

 と葵が手を差し出すと、

「あれ、葵ちゃん!」

 聞き慣れぬ女子の声。

 声のした方には、女子が数人ひとかたまりで葵と俺の方に注目していた。

「あ」

 と呆けた様子の葵。


「知り合いか?」

「私と同じクラスの友達です」

 なんと。お前友人の誘いを蹴って俺達と花火大会に来たってことか。

「へー、先約があるってそういうこと?」

 発言者の愉快さが籠った問いに、

「ちょっとすみません、行ってきます」

 葵が友達の方へ近寄っていった。行ってらっしゃい。


 葵がそこでしばらく友達と何やら話し込んでいた。

 俺はスマホがブブブ、とバイブしているのに気付き確認すると

「アンタと葵、今どうしてる?」

 と加賀見から催促のメッセージが来ていた。場所はグループチャットだった。

「葵がクラスメイトと鉢合わせて談笑してるところ」

 と返したら

「そ。ならもうしばらく戻るの掛かりそうか」

「だな」


 俺はスマホを仕舞い、葵がクラスメイトとの会話を終えるまで花火を見続けていた。

 花火は色を変え形を変えて次々に打ち上がっており、見てて飽きることはなかった。



 少しして、葵が「お待たせしました」と友達の元から戻ってきた。

「お友達と花火を見に行かなくていいのか?」

「嫌味ですか? 先輩方との約束を優先したのにそんな不義理なことしませんよ」

 そうか。俺としてはそうしてくれた方が楽なのに。


「それより、私と友達が何話してたか気にならないんですか?」

 それお前が聞くことなのか。

「変な誤解をされて、大方それに弁明してきたところだったんじゃないのか」

「……わかってたんですね」

「相手の反応見れば大体は、な」

 春野と俺をくっつけようとするときの日高そっくりだったもん、あの表情。


「一緒にいたのが本当の彼氏なら、弁明する必要もなかったでしょうけど」


 葵は花火を見上げていた。

「そうかい。ならさっさとお前に都合のいい彼氏ができることを祈ってるよ」

「……他人事みたいに」

 いや、他人事だからな。間違いなく。


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