夏休みが明けた。
俺としては去年に引き続きあんまり心の休まらなかった気のする期間だったが、ともあれ二学期が始まった。
今は二年二組の教室で自分の席に座っている。
「あっという間だねー、夏休み終わるのって」
「ホント。もう一か月休んでも問題ない」
「マユちゃん、学校も楽しいでしょ?」
「私も気持ちはわかるけどねー」
周りに女子四人がいる状態で。
俺が好きで侍らせてるわけでは、断じてない。
安達も加賀見も春野も日高も、俺が呼んでいないのにおのずと俺の席の近くに集まってくるのである。
そんな状況が一年のときから続いており、いい加減俺もツッコむ気力が失せて今は慣れてしまっている。慣れって恐ろしいよね。
そんでもって適度に話に入らないと加賀見が指摘してくるので、適度に話に入っていたときのこと。
「あれ、一年?」
「あれって噂になってるコじゃない?」
「ああ、春野さんに並ぶっていう?」
どうやら一年生がこの教室に入ってきたらしい。
ふと教室の扉の方を見れば、そこには確かに一年がいた。
とても見慣れた一年の女子が。
「おお、先輩方いつもこんな風に固まってるんですね」
とその一年はトコトコこちらに歩いてきた。
「あ、葵」
「こんにちは、先輩方」
その一年は奄美妹、またの名を葵と呼ぶ。
「何しに来たんだ」
「やだなー胡星先輩ったら。遊びに来たに決まってるじゃないですか」
周りの衆目がまだ葵にチラホラ向いているなか、葵は平然と口にした。
「もう姉の用事で関わる機会もなくなりましたし、これからはちょくちょくこちらへ遊びに来ようかと」
「いや、そんな律儀に顔合わせようとせんでも」
「それとも先輩のお家にお邪魔した方がよかったですか?」
一瞬、肝が冷えた。
幾度も触れてきた通り、葵は校内でも屈指の、有名な美少女である。
本人曰く校内でしつこくアプローチを掛けるヤカラはいなくなったようだが、それでも葵を見慣れない生徒達が葵を見たら今のこの教室のように噂の的になるぐらいには目立つ存在である。
そんな美少女が日常的に男の家に出入りしていると第三者が知ったら、どうだろう。
葵には普段から複数の男と遊んでいる様子はない。
そして、そんな噂が根も葉もなく立っていることもない。
俺に対してたった今掛けられた言葉を周囲が聞いたら、俺は葵が家に訪ねてくるほどに親密な、特定の男性。
自意識過剰かもしれないがそう認識されてもおかしくないのではないか。
今なら、まだ修正は効く。
「ハハハ、おかしなことを言うな。お前を家に上げたことなんてないだろうに」
「え? 何を……」
「それよりコイツを見てくれ」
「胡星先輩?」
俺はスマホのスクリーンを葵に向けた。
スマホには制服のポケットに仕舞ったまま、大急ぎでとあるテキストを打ち込んでおいた。
テキストの内容は次の通り。
「俺の家へ遊びに行ったことは周りの奴らに隠しておいてくれ」
言葉を中断した葵は、真正面に向けられた俺のスマホの中の文を読んだ。
そうすると、なぜか突然吹き出した。
「葵?」
「黒山君のスマホに何か面白い画像あんの?」
女子四人の位置からは俺のスマホは見えず、葵のリアクションが不思議に感じるのだろう。
ちょうどいい機会だし、コイツらにも見せておこう。
特に春野には気を付けてもらいたいので。
「お前らも見るか?」
と女子四人にも見える位置にスマホを向けた。
「あー……」
「なるほど、葵にはね……」
「え、何これ?」
「凛華はピンと来ないか」
どうやら何人かは納得してくれた模様。
ただ、葵の他にも特に気を付けてほしい人には理解してもらえなかったようだ。
さて、葵はさっき以上に楽しそうな笑顔になっていた。
「フフフ、先輩もこういうの気にするんですね」
「俺は目立つのが嫌いなんでな」
「結構周りは気にしないかもですよ?」
「どうだかな」
お前、自分のモテッぷりに自覚ないわけじゃなかろうに。
「まあ、とりあえず承知しました」
葵はさらに、言葉を続ける。
「ならやっぱ休み時間は、ここで先輩方と過ごしたいです」
葵に言うことを聞かせるには、その条件を飲むしかないようだった。
「……お前らはどうだ?」
最後の望みを懸けて女子四人に水を向ける。
「うん、OKだよ!」
「これからは五人一緒」
「よろしく、葵ちゃん!」
「よろしく」
ほらやっぱり賛成多数だよチクショウ。
葵の提案について全くの想定外、というわけではなかった。
何かと俺に彼氏のフリをさせたがっている葵が何らかの形で俺に関わろうとするのは夏休みでも何度か経験してきたのだ。
多分ここで休み時間のことを断っても、下校時だとか放課後に家まで遊びに来るとか強行するような気がした。
だとすれば休み時間の交流でひとまず手を打った方がマシだ。
そう思うことにした。